黄瀬と黒子は似てない兄弟6
2015/11/20 08:34

 黄瀬の家庭は壊れてしまった。いかに涼太が慰めようとも、いかに祖父母が世話しようとも、母親は死人のように虚ろに生きているだけだった。生きていただけマシかもしれない。いつしか祖父母は、そんな母を「仕方ない」と諦めるようになった。けれど、涼太だけは、母を諦められなかった。まだ3歳にも満たない子どもにもまた、この現実は受け入れ難いものだった。
 いったいどうしたらまた元気になってくれるんだろう。涼太は幼い頭で必死に考えた。ーーそうだ、弟がいたら。弟がいたら、母は元気になってくれるかもしれない。名案に、ぱあっと涼太の顔が綻ぶ。そうと決まったら、弟を探してこなきゃ。どんな子がいいだろう。可愛い子がいいだろうか、それとも。軽い身支度をして、涼太は家を出た。母は涼太が1人で出て行っても、何も言わず泥のように濁った目で見つめていた。
 そうして涼太は、あの日、あの公園でテツヤと出会ったのだ。



「おかあさん、見て。おとうとっスよ」

 涼太の腕の中で安らかに眠る赤子を見て、母は1回ゆっくりとまばたきをした。ほろ、と眦から水滴が落ちる。

「……あかちゃん?」

 あの日以来口を聞かなかった母が、初めて声を出した。びっくりして固まる涼太の腕の中から赤子を抱き上げた母は、久しぶりに動かす表情筋で泣き笑いのような顔を作って、うわ言のように呟いていた。

「赤ちゃん、わたしの赤ちゃん……ああ、なんて可愛いの……まるで、天使みたい……」

 母はそこから『元どおり』になった。よく笑うようになったし、声も明るく優しかった母に戻ってくれた。
 驚いたのは祖父母だろう。娘が奇跡的に立ち直ったと思ったら、腕には見知らぬ赤子を抱えているのだから。

「おいお前、その子は……」
「やだ、お父さん。テツヤでしょ、涼太の弟の。こないだ産まれたばかりじゃない。病院にも来てくれたのに、忘れちゃったの?」

 母の中では記憶がいいように書き換えられていた。弟は無事に産まれたことになっていて、父は母と涼太を置いて蒸発したことになっていた。祖父母は涼太にも事情を聞いてきたけれど、涼太が知らないと言ったので、それ以上は何も聞かれなかった。祖父母も疲れていたのだろう。知らぬ赤子と壊れた娘、何も分からない孫。結局彼らは、『見て見ぬ振り』を通していた。
 黄瀬家はうまく回り始めていた。表面上であろうとも、涼太はこの生活に満足していた。願はくは、ずっと続きますようにと。






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