修学旅行/橋田 太一 side


 僕は女の子が大好きだ。
 もう一度言おう。僕は女の子が大好きだ。
 そう──女の子、が大好きなのだ。
 可愛い子は特に好きだ。だが、それは女の子だからだ。
 そこは重要だ。性別はかなり重要だ。僕は可愛ければ性別云々気にしないという性癖ではない。
 けれど。けれども、だ。
 グラウンドの片隅、窓から眺めた渡り廊下、校内のあらゆるところでふとした時に視線が捉えるその姿。探しているわけではない。そうではないのだが見つけてしまう。
 鮮やかな色彩で、僕の視線を絡めて離さない。
 これは一体どうしたことか……。
 あの時の衝撃を未だに引き摺っているのかもしれない。あれは本当に驚いた。忘れようにも忘れられない衝撃だった。だからこうも気になってしまうのだろう。
 そして、身を包む制服が僕と同じ形状をしていることに沈痛な気持ちに苛まれるのだ。なぜ、その後ろを歩く女子生徒と同じものを身に纏ってないのか。そちらの方が断然に似合うだろうに……。
 とは言っても、森崎 向日葵──彼は“彼”なのだ。男なのだ。

「……何でかなぁ……」

 神様はどうしてあんな可愛い男の子を作ったのだ。なぜ“男”という性別を与えたのだ。
 解せない。非常に解せない。
 今日もまた向日葵ちゃんの姿を見つけ、深々とため息を吐いた。


 秋も終わりが近づき、校内の木々も寒々しいものへと変わっていく。落ち葉の掃除も大変だ。
 我ら二年生はそんな寒さが嘘のように皆浮かれた気分に浸っていた。
 もうすぐ高校生活での一大イベント──修学旅行があるのだ。
 班決めから始まり、行動計画、なにより重要であろう自由行動についてのやり取りがそこここで行われている。
 僕は特に自由行動の予定も立てず、ぼんやりと同級生らの浮き足立った様子を眺めていた。
 幼馴染みの昴も幸せそうな顔で愛しの昌斗と二人、予定を立てるのに勤しんでいる。
 微笑ましくて、羨ましい。僕もそんな風にわくわくドキドキしたい。
 何人かの女の子には誘われた。だが、気乗りせず曖昧な返事を返しただけで諾とも否とも告げていない。女の子にしたら非常に迷惑な話かもしれないが、断るのも今まで僕としては何か違うし、かと言って了承する決断もできずにいた。
 そのうち女の子の方が煮え切らない僕の態度に諦めてさっさと別の予定を組むだろう。僕は正也あたりと適当にぶらつけばいい。正也はきっと予定がないだろうし。

 そして女の子からのお声もかからなくなり、程なくして修学旅行に突入した。


 一日めの動物園はまったりと時間が過ぎ、二日めはこの寒い中川下りをするという何とも苦行のような日程だった。
 けれども、ラフティングは思ったよりも愉しくてなかなかにいい思い出になったのだ。
 そのあとがめんどくさかった……。
 インストラクターの巻岡という男の所為だ。
 今目の前で幼馴染みの昴が身体を撫で回されながらナンパされている。それだけで終わってくれればいいものを、僕に視線を移すと同じように言い寄ってきた。

「ね? 君も一緒に」

 抜け出して遊びに行くという行為自体には興味はある。だが、そのメンバーに全く魅力は感じない。
 例えば、昴や昌斗、正也も含めたいつものメンバーで出歩くのであれば、先生に説教されるの覚悟でちょっと刺激的な思い出作りも悪くはない。
 明らかに不穏な何かを孕んだ男の誘いに乗る馬鹿はいないだろう。これが男ではなく綺麗なお姉さんなら話は別ではある。
 やんわりとお断りしていたのだが、昴と同じように腰や手を撫で回され始めたのには、ぞわりと嫌悪感が全身を震わせた。
 僕よりも少し背の高いその男を静かに睨み、さらに撫でてこようとするその汚い手を払い除ける。

「あはは。本当、キモいんでやめてもらえません?」
「照れなくても」

 どこをどう見て照れていると思うのだろう。さらに睨んでみるが、どうやらこの男は救いようのない馬鹿みたいだ。

「……あ、ほら昴がこっち見てますよ?」

 応対するのが面倒になり、まだ傍にいたいたいけな幼馴染みを生贄にその場から離れることに成功した。裏切りを知った昴が向ける視線が、驚きと苛立ちに満ちていた。
 そんな優しい幼馴染みに感謝しながら、僕はバスへと乗り込んだ。
 
 ペンションへと戻り、食事と入浴を終えた僕たちは修学旅行のしおりに記載されている就寝時刻までのささやかな時間を思い思いに過ごす。
 入浴後、なぜか巻岡という男がこのペンション内にいるのを見かけ、気づかれないよう回避して部屋に戻ってきた。というかなぜいたのだ? ホラーだぞ……。
 まさか、昴があの男のあまりのしつこさに折れて遊びに行くなどということはないだろう。相手の返事も都合も考えず、勝手に迎えに来たとかだろうか。余程暇なのか。何にしろ怖すぎる。
 まあ、巻き込まれないように気をつけよう。僕には自分を取り戻す為の予定があるのだから。
 修学旅行に来てからずっと悩んでいた。僕はこのまま平穏といつもの仲間と思い出を作っていくだけでいいのかと。それはそれで愉しいのだが、いや違うだろうと。
 僕は女の子が大好きだ。その僕がこの修学旅行で今日まで全く女の子と関わっていない。これはやはり問題だろう。このままでは何かを見失う。
 そんな時、女の子からの提案があったのだ。僕は迷うのはやめてそこに縋ることにした。
 自分を取り戻す為、女の子大好きな僕がとる行動と言ったらこれしかない。

 甘い香りの漂う──時折、化粧臭いけど──女の子の部屋に遊びに行く。

 修学旅行の醍醐味だろう。
 微妙な空気の昴と昌斗を二人きりにしてしまうのは申し訳ないが、その間に挟まれているのもどうにも息苦しい。そのうち能天気な正也が戻ってくるだろうから、あとは正也に任せておこう。
 何人か声をかけてくれた女の子を思い出し、どの子のところから行こうかと思案する。
 見張りの教師の目を潜り抜け、誘ってきた女の子の宿泊するペンションへと移動した。
 誘われた女の子の部屋を探しながら歩いていると、自販機の前のソファで寛ぐ木村さんに出会った。

「木村さん何してるの?」

 スマホを眺めながらニヤニヤと微笑む木村さんに声をかけた。

「……橋田こそこんなところで何してんのよ?」

 ここは僕のクラスが宿泊するペンションではない。各クラス毎に一つのペンションに宿泊している。僕と木村さんはクラスが違う。なのでそう言われるのも無理はない。僕こそ何をしているのだと言われるのはもっともなことだ。

「どうせ女子の部屋にでも遊びに行くんでしょ? ……これだからタラシは嫌ね」

 まるで汚いものを見るような目で睨まれた。
 木村さんの僕に対する態度はいつもどこか険がある。

「木村さん、僕のこと嫌いなのかな?」
「好きでも嫌いでもないわよ」

 即答だった。
 好きでも嫌いでもない……それは何か逆に嫌だな。でも、そうなのであればもう少し柔らかい態度で接してくれてもいいだろうに。いつも嫌われているとしか思えない態度を示される。
 まあ。別にどう思われていようがいいと言えばいいのだけど。木村さんみたいな可愛い子にツンデレ的な発言されたら愉しいだろうと思っていたので少し残念ではあった。
 黙って見つめる僕に対して「何よ?」と不遜な視線を返してくる。そんな木村さんの態度に笑顔を浮かべ、再度何をしていたのかを尋ねると素直に返答があった。

「ジュース買いにきたら、メールがあって見てただけよ」

 ソファの横のテーブル飲みかけのジュースが置いてあった。ピーチジュースとかチョイスが何気に女の子らしいのが可愛いな。木村さんなら炭酸ジュース飲んで「ぷはーっ風呂上りはコレよ!」とでもしそうなイメージなのに。
 僕も自販機でジュースではなくコーヒーを買いながら、木村さんのニヤニヤメールの相手を予測し聞いてみた。

「ふーん……先輩?」
「な!? ち、違うわよ! 後輩よ、後輩」

 先輩とは個人的にやり取りするような間柄じゃないもん……などとぼそぼそと呟く。きっと木村さん本人声に出していることに気づいてなさそうだ。
 こう見えて意外と消極的なのか。実際に先輩を目の前にした木村さんを見てみたい。愉しそうだ。
 そんな僕の心情には気づかず、後輩とのやり取りの内容を親切にも説明してくれる。

「部活のね、恒例行事があって、今日はその日だったのよ」

 何でも、毎年この時期に付近の小学校から生徒たちが吹奏楽部の見学に来るらしい。どういった経緯でその交流会が恒例となったのかはわからないが、吹奏楽部ではお決まりの行事なのだそうだ。
 人懐こい子から、生意気な子まで様々な子供たちとの触れ合いは少なからず癒しの時間だそうだ。
 今年は残念ながら修学旅行の日程と被ってしまい二年生は不参加だが、その様子を後輩が報告してくれたのだと嬉しそうに木村さんが言った。
 スマホの画面を弄りながら微笑む木村さんは、黙っていれば美少女なのにと思わせるには充分な光景だった。

「あ、ひなタン嬉しそうな顔」
「……向日葵ちゃん?」

 ふと手を止めて画面を眺める木村さんの言葉に反応してしまう。
 木村さんの了解も得ないまま、思わず奪うように見てしまった。
 そこには小学生に囲まれて、愉しそうに笑う向日葵ちゃんの姿が写っていた。

「…………木村さん」
「な、なによ?」

 スマホを持ったままの木村さんの手ごとスマホを握り締めて真摯な視線を向けると、怯えたように木村さんがたじろいだ。

「この写メもらえない?」

 びくりと強張っていた木村さんから緩々と力が抜けていく。ため息を吐いて、こちらを見上げてきた。
 この場面だけ見ると、まるで僕と木村さんが熱い視線を交わし合っているようにも見えたかもしれない。

「橋田……」

 憐れむような慈悲に満ちた瞳で僕をじっと見つめてくる。そして、呆れたように言葉を続けた。

「ひなタンは確かに可愛いけど、紛れもない男の子よ?」

 わかっているさ、嫌と言うほど。わかりたくないが、重々承知の事実だ。
 けれども、今までにないときめきを感じてしまう。気づかない振りをしたところで自分は誤魔化せない。
 スマホの小さな画面の中で微笑むその姿にさえ、胸の奥が熱く高鳴るのだ。

「欲しいものがあるんだけど……。聞きたい?」

 悪巧みの悪代官のような表情を浮かべ、木村さんが耳打ちする。
 交換条件的なものってことなんだろうか。無理難題を挙げられるとさすがに困るが……。

「欲しいものって?」

 僕は笑顔で、目の前の悪代官なる木村さんに尋ねた。


 翌日。修学旅行最終日。
 いつもの四人で本日の自由行動を消化する。楽しむというより、まさしく消化というに相応しい雰囲気なのだ。
 昨夜、他の三人は何やら散々な時間を過ごしたようで、今朝から纏う空気がどんよりとしている。
 ムードメーカーを気取るのも胃に優しくない状況である。
 正也はともかく、昴と昌斗の二人が特に剣呑な雰囲気で扱いに困ってしまう。これまでも修学旅行中、何やら微妙な雰囲気だったのが、昨夜を境にさらに悪化している。何があったというのか……。
 傍目に見る限り、昌斗が頑なに意固地になって拗ねているだけなのだとは思えるのだが。
 踏み込んで、巻き込まれるほどのお人好しではないので、そこは傍観という名の放置を決めている。

 それよりも、だ。
 僕は、かの悪代官さまへの献上品を手に入れなくてはならないのだ。
 これといって目的のない他の三人を連れ、僕は目的である店を目指した。

 たくさんのガラス細工が照明に照らされて、店内は眩いほどキラキラしている。
 そのキラキラの中から、木村さんへの献上品をゲットした。
 買い物を終え、店外へ出ると嫌な光景を目にする。
 正也がイヤイヤと首を振りながら「助けて!」と叫んでいた。嫌がる様子の正也を愉しそうに掴んで放さないのは、例の如くあのインストラクター。
 相手が奴なら関わらないに越したことはないだろう。巻き込まれるのは御免だし。
 自由時間もまだ少しあるのだし、気が済めば解放されるだろう。そうでなければ誘拐事件だしね。あの男もそこまで馬鹿ではないだろうし……。
 ま、大丈夫だろう。


 そんなこんなで修学旅行を終え、平凡な日常がまた始まる。
 見慣れた制服、時折見かける可愛いあの子。いつも通り、その制服に憎々しさを覚えつつ──。

「遅くなりましたが、献上品をお持ちしました」

 修学旅行から二日後の昼休み。
 現地から宅配便で送った荷物が届き、ようやくして木村さんに頼まれていた品物を渡した。

「献上品って……あ。あれね! ありがとう! いくらだった?」
「いやいや。いいよ。献上品だから」

 律儀に代金を支払おうとする木村さんを止めて、笑顔でそう伝えると、なぜか胡乱な目を向けられた。

「……素直に受け取るとなんかあとが怖いんだけど」
「えー。そこは素直に受け取ってよ」

 ま、いっか。とその後はあっさり受け取って礼を述べてくる。
 嬉しそうに中身を確認する木村さんに一言声をかけて教室をあとにした。
 そして、歩きながら考える。

 ──さて、どうしよう?

 手に持った小さな紙袋に視線を落とし、更に考える。
 それは木村さんへの献上品を買う際に、一目惚れした物。思わず買ってしまった。向日葵ちゃんへのお土産。
 お土産なのだから、深く考えずに渡せばいいとは思うのだが、あれ以来接点のない彼を訪ねて「はい。お土産」ってノリもなんか気まずいのだ。
 けど、渡したい。喜んだ顔が見たい。……喜んでくれるかわからないけど。
 受け取り拒否されたりしたらちょっと凹む。いや、かなりショックだな……。
 鬱々とした思考に行き着いたところで、向日葵ちゃんの教室まで辿り着いてしまった。

「橋田先輩?」

 思わず硬直。狙ったようなタイミングで向日葵ちゃんが教室から出てきた。
 可愛い声で僕を呼ぶ。不思議そうに傾げた顔がなんとまあ可愛いことこの上なく……抱きしめたくなった。

「あー……これ、お土産」
「え?」
「修学旅行のお土産」
「……おれに?」
「そう。向日葵ちゃんに」

 差し出した紙袋におずおずと手を伸ばし、上目遣いに僕を伺う。

「ありがとうございます……」

 よかった。受け取ってもらえた。
 受け取り拒否されなかったことに安堵し、ほっと息を吐く。

「あ──ビードロ」

 取り出したガラスのそれよりもキラキラした瞳でビードロを見つめる。
 ひまわり柄の鮮やかなビードロ。
 名前のイメージだけでなく、ただ素直に向日葵ちゃんに似合うと思った。思った通りだった。
 可愛い唇をビードロに当てると息を吹き込む。思ったより間抜けな音がした。
 それがおかしかったのか、向日葵ちゃんが軽やかに笑った。

「好きだよ」

 気づけばそう声に出していた。
 向日葵ちゃんが「おれもビードロ好きです」と笑いながら囁く。
 可愛い。笑顔が眩しい。

「僕、向日葵ちゃんが好きだ」

 この気持ちはどうしたってここに行き着く。初めて出会った時から抗いようがなかった。認めてしまおう。
 僕は恋をした。
 向日葵ちゃんという“男の子”に恋をしている。

「おれ、男ですよ。まだ疑ってるんですか?」
「男なのは知ってる。疑ってないよ」
「なら……」

 そんなのは関係ないんだ。

「けど、好きなんだ」

 向日葵ちゃんが僕を見る。ただそれだけのことにこんなにも胸がぎゅっとなる。快い胸の痛み。

「あー! 橋田先輩だ!」
「カオリなら食堂行きましたよー」

 ……カオリって誰? てか君らも誰?
 というか、邪魔しないでほしいんだけど。
 今、ちょー大事なところ! 纏わりついてくる女子の群れに今は心底苛々する。
 カオリって子はきっと過去に遊んでた子の一人で、この子たちはその友達で……僕に親しい気持ちで声をかけてきたんだろうけど、僕はこの子たちを覚えていない。

「ごめんね。ちょっと忙しいから」

 と、なんとか群れから逃れたものの、そこにはもう向日葵ちゃんはいなかった。
 ああ……泣きそうだ。
 昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴る。
 放課後また会いに行こう……。


 放課後。今度は教室ではなく、吹奏楽部の部室に向かっていると、ポケットの中でスマホがブルブルと震えた。
 木村さんからの着信だった。

『もしもし? あんた、ひなタンに何か言った?』

 開口一番にそんなことを聞かれる。

「え? 昼休みに告白したけど……」
『えっ!? あー……そう。今どこ?』
「吹奏楽部の部室に向かってるところだよ?」
『なら、すぐに来なさい』

 そう言い捨てて通話を終了された。
 なんて横暴で一方的な電話だろうか。とにかく行けばこの電話の訳もわかるだろう。
 なんだか穏やかではないけれど……。不安な気持ちに苛まれつつ、急いで向かうことにした。

 部室の前までくると、一度深呼吸。いつもの僕を装って扉を開ける。

「木村さん、ちょっと横暴だよ」

 いつもの笑顔を浮かべて、苦笑混じりに木村さんに言う。その横には向日葵ちゃんがいた。視線が合うと逸らされて、身体が強張るのがわかった。

「……向日葵ちゃん」
「呼び出した理由はこれよ」

 木村さんは向日葵ちゃんの背中を押して、突き当たりの音楽室まで連れていく。僕はその後ろをついていく。

「あー……僕、振られちゃうのかな?」

 木村さんにしか聞こえない声でぼそりと呟く。というより、ついぽろっと心の声が漏れてしまった。

「さあ? 本人に聞いてみなさいよ。じゃあ、私は戻るわね」
「あ、き、木村先輩?」

 慌てて振り返った向日葵ちゃんが縋るような顔で木村さんを見ていたが、木村さんはサムズアップでそれに応えて音楽室を出ていった。
 え。何? なんのサムズアップ?
 ──それよりも。

「……泣いてたの?」

 向日葵ちゃんの頬が夕日に照らされてキラリと光ったと思ったら、すーっと顎の方へと伝って落ちた。
 瞳も僅かに充血しているように思う。

「あ、いえ、これは……」

 俯いて頬をゴシゴシと擦る。

「そんなに嫌だったのかな?」
「え?」
「僕に告白されて気持ち悪かった?」

 気持ち悪いかと聞きながら、向日葵ちゃんの赤く擦れた頬を撫でる。触れることを拒絶されなかったことに内心ほっとしながら。

「そんなことは……ないです」

 迷うように瞳が揺れたあと、身長差の所為もあり上目遣いながらもまっすぐに視線を向けて僕を見る。

「向日葵ちゃんは優しいからね。どうやって断ればいいのか悩ましちゃったのかな?」

 同性に告白されるのには慣れていそうな向日葵ちゃん。しかし、それはどれも性別を勘違いされての行動。
 僕も最初はそうだった。

「……けどね。一度や二度振られたくらいじゃ、諦めるつもりはないから安心してね」

 二度めの告白は、最初のそれとは違うんだ。

「僕が初めて恋をした相手だから。──そうだね……向日葵ちゃんが困り果てて、最終的には折れてくれるまでは諦めないよ」

 それは、詰まるところ恋人になるまで諦めるつもりがないってことだ。それこそ気持ち悪い発言かもしれないな。

「ビードロ……木村先輩に買うついでだったんですよね?」
「……ん?」

 予想外の言葉に、疑問符が頭の中を埋め尽くす。

「橋田先輩と木村先輩はクラスが違って、泊まるペンションも違うはずなのに木村先輩のペンションにいたんですよね?」

 さらに続いた言葉に疑問は深まる。

「え? な、何でそれを……」

 何でそれを今、話題に出されるのか……?

「けど、おれにそれをとやかく言う資格なんてないんです。それでショックを受けるとか、悲しい気持ちになるとか……ちょっと、おれ、混乱しているだけなんだと思うんです」

 あれ? それって……。

「からかって遊ばれてるなんてわかってたけど……おれ、慣れてなくて、だから──」
「からかってなんかないよ。向日葵ちゃんが好きだという気持ちに嘘はない」

 ああ。どうしよう。これはあれだ。顔がニヤけて緩んでしまう。

「そ、そうやってからかわないでください」

 ニヤけた顔がバレたらしい。からかってる顔ではないんだけどな。これはつい嬉しくて。

「真剣に悩んで出した結論なんだけどな。本当に好きだよ」

 だから、無自覚だろうが見せてくれた嫉妬心に嬉しくてニヤけてしまう。

「確かに、ビードロ買ったのは木村さんのついでだと言われてしまえばそれまでだけど。ビードロを買う予定なんて、木村さんに言われるまでなかったし。けど、あのビードロは一目惚れして……向日葵ちゃんにどうしても貰って欲しかったんだ」

 あのキラキラの店内で、君のように一際キラキラ煌めくビードロに出会い、目が離せなかった。触れるのを少し躊躇い、けど離れ難くて気づけば手に取っていたのだ。
 喜び君の顔を夢想して。

「ペンションの件は……まあ、その。木村さんに会いに行ったんじゃなくて、他の女の子に誘われたんだけど。あ、でも、結局遊びには行かなかったんだよ」

 呼び出し相手の子からは散々文句を言われたけど。それはどうでもいいことだった。
 どんな可愛い女の子だとしても、向日葵ちゃんじゃないなら興味を持てなくなってしまった。

「ずっと向日葵ちゃんのことが頭から離れなくて、けど男の子相手に何をどうするとか、そんなまさか──って何度も自問して、試しに今まで通り女の子と遊んでみるべきだと思ったんだけど……」

 遊ぶというか、性欲処理というか、最近ご無沙汰だったので欲求を満たせば解決するかもと色々悩んだりしたのだ。気乗りしない性欲処理とか、僕もとうとうここまで堕ちたかと凹みもした。

「木村さんと会って……この写メをもらったんだ」

 あの日、あの自販機の前で木村さんから貰った写メ。向日葵ちゃんの画像。
 スマホを取り出して、それを向日葵ちゃんに見せた。

「これをもらう交換条件に、ビードロのお使いを頼まれたんだよ」

 僕の言葉に驚いたように顔を上げる。
 自分の中の認識と、僕から聞いた今の話を纏めて何だかぐるぐると考えているように見える。
 一通り思考が落ち着いたのか、肩の力が抜けたようだ。

「この写メの向日葵ちゃんで……僕、毎晩気持ちよくさせていただいてます」
「……なっ!?」

 あ。これは言わなくていい情報だったな。せっかく抜けた肩の力がまた強張ってしまった。

「いや、そういう目的で欲しかったわけじゃないんだけど、何回も眺めてるうちに……もよおしてきちゃってさ」

 でも、ちょっと向日葵ちゃんの反応が可愛い。

「この写メ見ながら、向日葵ちゃんの感触とか匂いとか思い出して……気づけば興奮が収まらなくなってしまって、ここんとこ毎晩自慰のおかずに……」

 頬に触れていた手を離すと、向日葵ちゃんの目線が僕のその手を追う。そのまま下に誘導すると股間で止める。向日葵ちゃんの視線も僕の股間で止まる。
 膨らみがわかるように、手のひらで持ち上げれば、向日葵ちゃんの顔がみるみると赤く染め上がり、慌てたように視線を逸らした。

「……気持ち悪い?」

 俯いた顔を覗き込めば、頬を赤く染めた顔で弱々しく睨まれる。

「──ていう顔ではなさそうかな? ちょっと期待しちゃっていいのかな……」

 嫌悪というよりも、何だか熱っぽくて色っぽい表情に思えたのは、僕の欲目だろうか。

「向日葵ちゃん」

 僕の声にピクンと向日葵ちゃんが肩が揺れる。

「好きだよ」

 頬にそっとキスをする。
 ブワッとさらに顔を赤くして、頬に手を当てて僕の唇に視線が釘付けになっている。
 キスされたことを意識しすぎて、どうやら唇から視線を外せなくなってしまったみたいだ。

「ああ、もう! 可愛すぎる! このまま襲っていいかな?」
「だ、駄目ですっ!」
「ちょっとだけ……」

 ちょっとだけ、その唇を貪りたい。

「駄目です! こんなところで……」

 ほう?

「ここじゃなきゃいい? なら、僕の家に行こう」
「な! い、行きません! 駄目ですったら!」

 向日葵ちゃんが混乱していて可愛すぎる。

「こら。ならどこならいいの?」
「どこでも駄目です」
「そんな意地悪言わないで」

 言葉に熱を込めて甘く囁けば、向日葵ちゃんは耳まで赤くして可愛い反応をみせてくれるんだ。

「嫌?」

 嫌じゃないけど──と、困ったその顔は言葉にならない声として僕に訴えかけてくる。

「向日葵ちゃん──」

 悪戯な顔をやめて真剣に向き直れば、向日葵ちゃんもまっすぐに僕を見つめてくれる。

「恋人になってもらえませんか?」

 コクン──と小さく頷く向日葵ちゃん。
 いや……首を傾げたようにも見えたけれど。
 優しく、優しく抱きしめると、腕の中の向日葵ちゃんがふるりと震えて、僕の背中にほんのりと小さな温もりを感じたので今はそれで満足した。


***


 橋田 太一。十七歳、冬が近づいた季節。
 萌芽した想いが広がり、世界が鮮やかに彩られていくのを感じた。
 


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