「あ」
やっとたどり着いた門の前。いるのは見張りの人かと思ったけど、佐々木さんだった。
「随分と、遅かったですね」
「いや、ハハ…。泊まろうかと思ったんだけどねェ…」
わざとらしく口の端で笑う。
ちらり、とこちらを向いた佐々木さんはちょうど帰ってきたところなのか同時に門をくぐった。
いや、まさか、まさか待ってくれてたとかそんなことは無いだろう。無い無い。
佐々木さんじゃない。
ナイナイナイナイ。
佐々木家の人間として事件を調査してるから仕事が終わった夜やってんだろう。
少しだけ、腑に落ちない陰がどこかをよぎった気がしたけれど。
同じように歩いても長身の佐々木さんとはすぐに数歩の差が出来る。あまり音を立てるわけには行かないからその差に任せるまま後ろを歩く。
たった数ヶ月。
しかも、立場的には敵。
しかし、今現在は仲間。
今の関係を、感情を、表す言葉は知らない。
喉からつかえたように出てこない。なかなかどうして意地っ張りなようだ。
と、ぴたり、と佐々木さんが立ち止まる。
「……………」
遅れた分を待ってくれたのか、佐々木さんはこちらをじっと見つめる。
………なんだか居心地が悪いというか、なんというか、とにかくよく分からないが、早く歩きたいような歩きたくないような、矛盾して相反するふたつが一気にあふれる。
しかし、差はたった数歩。すぐに追いつく。
残念なような、ほっとするような。
しかし佐々木さんは未だに立ち止まったままで、こちらを見ている。
鋭い目。
視線が交わった。
なんだか急に心臓が頑張って、血を巡らせている。どうしたおい。心臓。
どうした佐々木さん。
「………………」
「………………っ」
耳が痛くなるような静寂。
あたりに広がるのは深い闇。
白い服を着た佐々木さんが、そこだけぽっかり浮いたような存在感を放っている。
なのに、なんだろう。
この人が、どこか、手の届かない遠くへいってしまう気がして。
つなぎ止めようと、何か言おうと開けた口は、しかし呼吸を繰り返すだけ。
なんなんだ、一体、この感情は。
「あ…」
なんとか、声を絞り出して、自分でも分からない何かを伝えようとした瞬間、先に佐々木さんが言葉を発した。
「お帰りなさい。宝生さん」
「…ただいま……」
さっきまで困難だった声は案外すんなりと私の外に吐き出された。
でも、それ以外の言葉を、私は失ってしまって。
その声は、闇夜に溶けた。