「あ、この辺で良いですよ」
見覚えのあるでっかい屋敷の塀が見えた辺りで私はそう言った。
「屯所まで送るぞ?」
「いや、真夜中に隊車で突っ込むとか止めて下さいよ?」
また抗争起こす気ですか。
そう言ってバタンと扉を閉めて後部座席から無理矢理乗っけた自転車を取り出す。
「じゃ、今日はありがとうございました。帰ってゆっくり寝て下さい」
「ああ」
副長は短くそういうとパワーウィンドウを上げて、エンジン音だけを残し去っていった。
車がいなくなると、とたんに辺りは真っ暗だ。
この暗さでは少し心許ないが、自転車のライトを付けてあまり力を入れずに漕ぎ出す。
(それにしたってでっかい屋敷……)
ちら、と隣の塀を見てそう思う。この屋敷の正門は未だに見たことがない。
佐々木さんの本家も、このくらい大きいのだろうか。
うーん、と無駄に唸りながらそんなことを考えていたせいで、闇の中蠢く物体に気づけなかった。
「うわっ」
「っ!」
キキィ!とブレーキとタイヤがこすれて悲鳴を上げる。
道を横切ろうとしていたらしい男とぶつかりそうになってしまった。
自転車が止まると、当然ライトも消える。真夜中だし、考え事していた私も悪いがなんの灯りもつけていない男にも非があるだろう。男も怒ってはいないようだった…というよりは、何かひどく焦っているようだった。
「すみません。怪我、ないですか」
「ああ、いえ…」
私の問いかけにもどこか上の空で。ブレーキをかける瞬間にかいま見た着物はなかなかの物で、少なくとも攘夷浪士ではないだろう。
男は顔を伏せたままそそくさと走り去っていった。
「…?」
なんだか、どこかで会った気がする。着物と一緒に垣間見えた出っ歯に、どこか、どこか見覚えがある気がするのだ。
しかし上手く頭の働かない今では思い出すのは困難だろうし、と私は疲弊した心身で見廻組へと歩き出した。