夢喰 | ナノ
49

その後私は万事屋さんのバイクの後ろに乗せてもらってかぶき町まで帰ってきた。
ヘルメットちゃんと着用してないわ二人乗りだわ、警察として注意すべき点は多々あるけども、帰りのタクシー代が浮くという魅力にゃかなわなかった。
制服も着てないしねェ。副長あたりには絶っ対に内緒だが。

「ん、ありがとね。万事屋さん」
「いーっていーって。じゃあ、野郎の言うとおり送り届けたぞ」
「え…?」

夕焼けで赤く染まった土に大きな黒い影が差した。
それは、時が止まったようにも思えて私は言葉を失ってしまった。

「女連れじゃ吐くもんも吐かねえとか言ってたけどよ」
「…………」
「あいつなりに気にしてたんじゃねえの」

それだけ言い残して。振り向かないでひらひらと気だるそうに手を振って万事屋さんはバイクで去っていく。
白い後ろ姿は暗い朱色をしていた。
それはあたかも彼が背負う修羅そのもののようで。
思い浮かべた彼もまた、同じような後ろ姿をしていたように思う。

「なに、それ………」

あなたの役目は終わりです、とかいうからてっきり用済みで追い払おうとしたんだと思ってた…。一言くらい、いってくれりゃいいのに。

「佐々木さんの…馬鹿」

ぽつりと呟いたそれは喧騒の中に吸い込まれた。はずだった。


「どうも凡人というのは無駄口を叩くのがお好きなようですね」
「――――っ!?」

背後では聞き慣れた声。一瞬にして背筋が凍った。いや、毛穴が開いて嫌な汗が噴き出した。
ご丁寧に小さな呟きを拾ってくれたのはやはり佐々木さんで、逆光で暗く、黒く染まっていた。

「さ、さき、さ…」
「全く、余計なことを…」

忌々しげに呟く佐々木さんの表情は鋭く、怪物という名が見え隠れしている。
しかしそれは数秒のことで、片眼鏡をかけ直したかと思うといつもの眠たげな表情に戻っていた。

「…尋問、お疲れさん」
「すみません」

申し訳程度とはいえ労いの言葉をかけたのに佐々木さんから帰ってきたのは謝罪だった。

「大丈夫ですか?跡が残らなければ良いのですが…」

そう、先ほどと同じように額に手をやってのぞき込まれた。
もう出血は止まっていて、額を動かすと皮膚を引っ張られる感覚がある。きっと応急処置で当てられた布は赤黒くなっているのだろう。

「…っ。あのさ、万事屋さんに言われた後にそんなんされたら、自惚れそう…なんだけど」

フイ、と顔を逸らした。
目を見れない。
単に邪魔だから追い払われたんじゃなくて、少し、ほんの少しでも、

心配、してくれてたんじゃないか、なんて。

我ながら、なんて酷い自惚れだ。

駒に感情移入なんてするはずもないし、ましてや、その辺の事情はそつのない佐々木さんだ。
その佐々木さんは、数瞬の間をおいてから深いため息をはいた。

「全く、余計なことを言ってくれたものですね…」

目をそらしてしまったからその言葉を吐き出した彼の心境がまるで分からなくて。
夜の気配を滲ませつつあるかぶき町で時を忘れてしまいそうだった。

「…帰りますよ」

再びの沈黙の後、佐々木さんは私の手首をつかんで歩き出した。

「佐々木さん…?」
「早く、ちゃんとした手当てをするべきです。額も、手足も」

手足…?と思って確認すれば手首近くに押さえつけられたときに出来たらしい痣が目に入った。

「あ…」
「どうせ、額以外はなにも施していないんでしょう」

…図星、だ。
佐々木さんの手に隠れて見え隠れしている青紫色の鬱血痕。
途端に胃が締め上げられるような感覚がして、歩を早めた。

赤い空は黒に浸食されはじめていて、少し前を歩く佐々木さんの顔がよく分からなかった。
だから、少しほっとした。

きっと私は今、すごく情けない顔をしてるだろうから。

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