私が生まれた頃攘夷戦争が始まりを告げ、世は混乱を極めた。
攘夷志士たちは天人と来る日も来る日も血飛沫をあげる戦いになったそうだ。松平さんがそう言っていた。
そんな時代に形はどうあれ衣食住には恵まれていた私は幸運だ。
幸せかどうかは、別として。
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江戸にそびえる警察本部の資料室。佐々木はそこにいた。
もちろん、今現在追っている事件の参考資料も探してはいたのだが。
わざわざ見廻組ではなく、警察組織のど真ん中で読んでいるのはそれではなかった。
背表紙に書いてある年号は四年ほど前で、執筆したのは松平片栗虎である。
権威をフル活用すれば容易い。
内容はどれも、立てこもった攘夷組織を建築物もろとも爆破…などといった大変過激で、危険な仕事を滞りなく完遂したというもの。
佐々木は松平が関わった四年程前の事件を徹底的に洗っていた。
そして、違和感を覚えた事件がひとつ。
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××年××月××日
江戸近郊にて違法に経営していた遊郭に突入を決行。
応戦した天人により重軽傷者10人の被害をおう。
窮地に立たされた首謀者の天人たちが遊女を道連れに自殺。
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…おかしい。
佐々木は直感した。
天人については罪を追求できず、記載がないのは分かる。
しかし、利用していた客の情報や遊女の出所など曖昧にぼかされている点が多すぎる。
極めつけは、最後。
重傷を負った関係者を大江戸病院に搬送したが、半日後死亡。
腹部の傷による出血多量が原因。
静かに、密やかに、
疑念が生まれた瞬間だった。