夢喰 | ナノ
13

「…なんだ、あいつ…」

智香のいなくなった食堂で思わず土方はそう呟いた。

「稽古の時から妙に愛想がいいと思ったら…俺に隠し事たぁいい度胸じゃねーか」
「やはり見廻組に潜入なんて負担なんだろうか」

ざわざわとした喧騒が遠くなっていく。

さっきの、智香の顔。
初めてここに連れてこられたときのような、見た男を釘付けにしてしまうようなあの微笑み。
女は愛嬌、そんな言葉を体現したかのような笑み。
蓋を開けてみれば彼女の本質は至って無機質で、愛想が悪いくらいだった。
智香が笑うのは好きな物を目にしたときと、沖田に振り回されるのを楽しんでいるとき、あとは近藤に頬を染めているときと…山崎と他愛ない会話をしているとき…それも微かに口角が上がるくらいであろうか。
そこまで考えて土方は直接彼女の笑顔が自分に向けられたことが無いのに気がついて…自分だけ他人行儀な役職名で呼ばれているのもなんか気にくわない気分だった。

「ったく、あれじゃあ逆戻りじゃねーか…」

先日の松平の言葉を反芻して、土方は毒づいた。
沖田にも近藤にも似たような思いはあって珍しく神妙な面もちでその言葉を聞いていた。

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