夢喰 | ナノ
70

「……随分と、お早い到着じゃないの」
「いえいえ。かの一番隊士さんにお褒めに預かり光栄ですよ………と、言いたいところですが、種も仕掛けもある監視カメラでして」
「あ…………」

馬鹿か。馬鹿か私は。馬鹿だな私は。私は馬鹿だな!?
何でそんな初歩的なことを…………思い浮かべないんだか………いや、それはやつがどう見てもこの場で事に及ぶ気満々だったからそう思ったのであって…………いやいやいや!じゃあやつは見られるのを承知でこんなことしようとしてたってか!?

一瞬にして冷や汗が止まらなくなった。

「あ、多分そこの木偶は知りませんでしたよ、カメラのこと」
「なんの気休めェェ!?」


「で、どうしますか?私が来た以上、もう脱走は不可能ですよ?大人しくまた拘束されてくれると嬉しいんですけど」
「ハッ!勝ち目があろうとなかろうと、ここでもう一回捕まる馬鹿が何処にいるってのさ」
「………ですよねえ」
「…………っ」

瞬間、目の前の男から筆舌に尽くしがたいほどの殺気が放たれた。それは一瞬にしてこの場を制圧し、自分のものへと書き換えた。
凄まじいそれに撫でられた肌は産毛を逆立てて警鐘を高らかに鳴らしている。
足は逃げ出したいとその場に制止するのを拒むし、歯はぶつかり合って静かになってくれない。
それでも。
それでもそれでもそれでもそれでもそれでもそれでもそれでも!!

私はこの男より弱い。勝算なんて、無いに等しい。でも、だからって、ここで戦わない理由になんか、ならない!
私は歯をくいしばって、腰を落として、無理矢理体を黙らせた。
じり、と男からの視線で焼けそうだったが、目を反らさない。
足の親指の先から足首、脹ら脛、膝、太股、腰、腹、背中、肩、二の腕、肘、手の指先から髪の毛の先に至るまで神経を張り巡らせる。
溜めて、溜めて、じりじりと、力を溜めて、一瞬で、飛びかかれるように。

「…………」
「………………」

そして転機は、にらみ合いの最中突然訪れた。

ドオオオォン!!

凄まじい轟音と、震動。
足元がおぼつかなくなるほど、揺れる床に、ここが地上ではないとようやく理解する。空か海かまでは定かではないが、それでも進歩と言えるだろう。というか、どっちでももうほぼ逃げ出すとか不可能じゃん?やばい。


「やれやれ。だから、したっぱといえど新選組隊士を拐うなんて反対したんですけどね」
「…!じゃあ、これは」
「恐らく、あなたのお仲間でしょうね。これは困った。これではもう────先方に頭を下げるしかない。

商品が全壊したためにお届けできませんでした、ってね!!」

閃光。そう表現するしかなかった。事後報告で。
速すぎて見えなかった。流麗すぎて反応できなかった。床に叩きつけられるまで、何も感じなかった。気がついたら男に後ろ手に両手を捻りあげられていて、膝で背中をこれでもかというほど圧迫されている。呼吸が苦しい。

「っか、は………ッ!!」
「まあ、でも今は人質程度の価値はあるから殺さないでやるよ」
「ぐ………………!!」

その間もゴン、ズドン、と揺れは収まらない。どんだけ暴れてんの…「林……!?」

プシュウ、と自動ドアの開く音と、狼狽した声。
また誰か来たらしいがこの体勢では見ることがかなわない。かろうじて見えるのは足元だけだが、来ている着物や下駄などから相当位の高い人物のようだ。

「ああ、これは主。どうかされましたか?」
「い、いや、先程から何やら騒ぎが起きているだろう。揺れも酷いし、お前を探して………」
「そうですか。ならご安心ください。じき制圧いたします。賊も順に捕らえますので。」
「……………は、林……。な、なにかおかしくないか?完成披露会、等といっていきなり天人嫌いのお前が、天人を乗せたり………それに、その女は………………」
「主」

明らかに狼狽えている主、と呼ばれた男をその鋭い相貌で見据えながらどうやら家臣らしき男、林は力強くいい放った。同時に、私の喉に指を食い込ませる。余計なことを言うなよ、という脅しのようだ。

「今まで私がしてきたことで、清水家の為にならなかったことがございましたか?」
「それは………」
「清水家にお仕えする私共林の、その意味を、知らないはずはございませんよね?」
「…………」
「主の、清水家の財政を建て直し威光を取り戻すという夢のため、この林、誠心誠意お仕えさせていただく所存ですから」
「…………ああ……」

猜疑心。
主の目は、酷く猜疑心に満ちていた。
目の前の家臣、林の信頼と、自分の感覚の中で揺れている。その天秤はもはや地面に触れるほどに傾いているが、林の堂々とした態度に着地まではしていない。寧ろ、その通りだ、と自身に言い聞かせるように林と、私を見ている。
いや、本心では分かっているのだろう。これが嘘だと。

「そう、だったな。すまない」
「いえ。それより危険ですからあまりお近くに…………」

その時、今までのどれよりも、大きな揺れが船を包んだ。
押さえ付けられていた私は特に問題なかったが、立っていた当主はひとたまりもなかったらしい。ぐらりとバランスを崩してそのまま林へと倒れこんだのだ。
来た。
突然訪れた千載一遇のチャンスに心底戦きながらも私は必死に地面を蹴って林から抜け出し、懐に手を滑り込ませ、拳銃としてはかなりおおぶりなそれを構えた。


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