05 「はあ……」 昼餉を取らずにひたすら政務に打ち込んでいたせいで部下に咎められ、食堂で休憩をとるようにと政務室を追い出されてしまった。 それもこれも、昨夜の出来事を考えれば自己嫌悪のサイクルが止まらなくなってしまう為に無心で書面と向かい合っていたからだ。 でも今更やってしまった失態は戻らない。 おまけに、当たり前のように酔っていた時の記憶がすっぽり抜けているのだから、酒癖の悪い自分の王のこともあまり悪く言えないなぁ……とため息を漏らす。 「ジャーファル」 「!ナディヤ」 私と入れ違いのように食堂に通じる通路からやって来たナディヤは髪をおろしており、その首には自分がつけたと思われる痕が残ってるのかと思うと頭痛がした。 ほんの一瞬、目を閉じて渋い顔をしたジャーファルを見逃さなかったナディヤは笑顔を作って少し明るい声を作った。 「ジャーファルはこれからお昼?」 「……ええ、食べ損ねたのをとがめられてしまって。貴女も?」 「うん。黒秤塔で資料を探してたりいろいろな部署の手伝いをしてたら忘れてて」 「そう、お疲れ様。シンも貴女くらい熱心に公務をしてくれれば……」 「………ジャーファル、本当に昨日のことは何も覚えてないの?」 じっと下から見つめてくる目は、あのシンドバッド王と似た雰囲気を持っている。 やはり二人は兄妹なのだと心の中で納得したジャーファルは罪悪感を感じながら「残念ながら…」と眉を下げた。 昼の時間が過ぎた通路に人気はなく、隠れる処もあまりない通路であるため誰かに聞かれる心配はないことが幸いだ。 あんなのが他の人間に知れたら、とんでもないことになってしまう。 「そっか……」 「申し訳ありません。それに、シンから聞きました。首筋に痕を残してしまったみたいで」 「やっぱり気づいてたんだ、お兄様」 「本当に申し訳ありません。貴女には本当に謝っても謝り切れな」 「ジャーファル、こっちきて」 食堂から離れていくと回廊を支えている柱の裏に誘われるように連れられ、「何か秘密の話なのだろうか?」とジャーファルは首を傾げた。 「ジャーファル。手、出して」 「?はぁ…」 純粋に何だろう?という気持ちで言われるがままに手を差し出すと、あろうことかその手を掴んだナディヤは自分の胸に私の手を押し付けたのだった。 あまりの事に手を振り払う反応が遅れ、一瞬でも不埒な考えが頭をよぎった己が憎い。 「!?ちょ、何をして」 「思い出せない…?」 「…っ、すみません」 男の私の手に余るほどの柔らかな胸。 昨日、私はこれを……。 ああ、考えてはいけません。 彼女はシンの妹。彼女はシンの妹。彼女はシンの妹。 ………下手をしたら、去勢だ。 煩悩を追い出すように念じていると、「好きだった」と聞こえた気がしてググッとナディヤに視線を向ける。 「私ね、ずっと前からジャーファルが好きだったよ。だから昨日の事、全然後悔してないの」 「はぁ……、え!?」 「ジャーファルが思い出せないなら、思い出して貰えるように頑張るから……勿論、ジャーファルが嫌ならいつでも諦める、から」 「……それは」 「じゃあ、またね」 するっと髪が目の前をすり抜けていく。 シンに似た美しい髪に、無意識に手を伸ばしかけた時頭の奥がズキっとした。 ……前にも似た光景を見た気がする。 その場に残された私は、どうすればいいのかとぼんやりその場に立ち尽くした。 それに、一瞬何か思い出したような気がしたが、やはり二日酔いのあとの頭痛しかしなかった。 ← → ×
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