03 「………まさか、本当に覚えてないだなんて……」 周囲の人間に怪しまれないように一度部屋に戻って体に湯をかけ、匂いを消してから新しい官服を纏ったナディヤは深いため息を漏らした。 髪を洗う時間はないからとりあえず昨日と違う髪型に……と考えながら櫛を滑らせていると首筋にくっきりとした鬱血痕を見つけて目を閉じた。 「首筋には残さないでって言ったのに……まあいいっか」 首筋を隠すように髪を下ろして整えると、朝議が行われる広間へと慌てて向かった。 仕事の間は邪魔だから結っていたのだが、たまにはイメージチェンジで良いかもしれない。と心の中で言い訳をしながら回廊を急ぐ。 「遅いぞ、どうしたんだナディヤ」 「申し訳ありません、お兄様」 「マスルールのやつが遅刻していねぇのはいつもだけど、今日は珍しい面子が遅刻するなぁ!」 そうやって笑うシャルの言葉に内心ギクッとしながら「昨日は気になる本を読んじゃって」と曖昧に笑う。 「ったく、どーせそんな事だろうと思ったぜ。にしても、お前だけじゃなく時間にうるせえジャーファルさんまで遅れて入ってきた時はびっくりしたぜ」 「じゃ、ジャーファルも寝坊したんじゃない?」 「かもなぁ!昨日は相当飲んでたしなっ!やっぱ、ジャーファルさんも人の子って事か」 「ジャーファルに失礼だよ、シャルってば」 やべえやべえとおどけたように笑うシャルから何気なく目を離すと、ちょうどこっちを見ていたジャーファルと目がばっちり合って二人して何ともないように自然と逸らした。 そして隣に居る兄に視線を向けると相手も私をじっと見つめていた。 「どうかした?」 「いや?それにしても……珍しいな、ナディヤが官服を着ている時に髪を結ってないなど」 兄が自分と同じ濃い紫色の髪を梳くように触れながらニコッと笑いかけて来る。 ……やっぱり、何か感づいていたらしい。 これは、腹を探っている時の顔だ。 「たまにはいいかと思って。ダメ?」 「ダメではないさ。似合ってる」 「ありがとう」 にこりと笑い返すとナディヤはひとまず内心安堵しながら、やって来たピスティ達と笑顔で語らい始めた。 それを隣で眺めていたシンドバッドは下ろされた髪をじっと見下ろしたまま、目を細めた。 ← → ×
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