10 幸せだった。 女として愛される悦びで満たされ、愛する人に毎夜のように抱いて貰えた。 まるでジャーファルの恋人になれたのかと錯覚してしまいそうなほど、幸せな時間を過ごせた。 でも、それもきっと今日で終わり。 「お帰りなさいませ、お兄様」 「ああ、長い間留守にして済まなかった。ナディヤ」 「無事の帰還、お待ちしておりました。王よ」 「ジャーファル!」 私の肩をトンッと軽く叩き、まっすぐにジャーファルの元へ駆け寄って行くお兄様。 そして、心の底から嬉しそうな顔でお兄様を迎え、共に政務を行うための白羊塔へと並んで歩いて行く姿を見せつけられて、心の中が虚しさを襲う。 ジャーファルにとって、何よりも一番はシンドリアの王、シンドバッド。 そして私は、その妹でしかない。 どう足掻いても、私は兄のようにジャーファルの隣を歩むことはこの先、無いのだ。 「ジャーファルさん、匂いがします。普段は何もしないのに」 ふと、隣に立っていたマスルールの一言に、ジャーファルは「え?」と視線を向ける。 白羊塔の一階、謁見の間でシンを待っていた客人達の中にシンドバッド王を放り込み、質問攻めにあっている王をマスルールと眺めていた最中のことだった。 クンッと何度か動物のように鼻を鳴らしたマスルール。 ファナリスはとても鼻がいいときく。 「へぇ……?今はなんの匂いがするんだい?」 純粋な興味で何気なくマスルールに問いかけてみると、チラッと離れたところにいるシンを横目にみたマスルールはボソッとギリギリ聞こえる位の小さな声で呟くように声を漏らす。 「……ナディヤの匂い」 「は、え!?ちょ、」 「大丈夫です。自分、口硬いんで」 「……ありがとう、マスルール」 動揺を隠すように袖を口元に当て、自分でも服の匂いを嗅いでみたものの、何の匂いも嗅ぎ取ることは出来なかった。 あの日から、ナディヤは毎日私の部屋に通っていた。 ただ口付けをして眠る日もあれば、立てなくなるほど致すときもある。 外で致すときもあれば、黒秤塔で思春期のカップルのように逢瀬を楽しむ時も。 今まで女性とそのような関係になった事は一度も無かったから、比較のしようがないけれど、ある意味今のところ順調だと、言える。 自分達の関係が、一般の健全な男女の関係性とは少しズレてしまっていることは自覚していた。 でも、今更この関係に波を立てる事は憚られる。 それくらいには、私もナディヤを女性として好ましく思っていた。 「シンが帰ってきたのだから、少し控えないといけないね」 「……ジャーファルさん」 「何だい?」 「……何でもないっス」 「は?」 「何でもないっスよ。思ったよりも、ワルだなと思っただけで」 だから、何だってんだよ!!?とつい昔のような口調で隣に立って目を反らすマスルールに食って掛かると、シンが「どうしたんだ、ジャーファル!?」と吃驚した顔で此方を振り返る。 「何でもないですよ、シン」 「いやいや、だって今」 「何でもないって言ってんだろうが」 「機嫌わるっ」 ← → ×
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