そして女神は微笑んだ_01 

約243年後、日本城戸邸




「お嬢様」

世界屈指の財団、グラード財団の執事・辰巳は静まり返った広間の中央の椅子に腰掛けていた少女へ声をかけた。


「……まだ、時間はあるでしょう。何の用ですか?」


凛とした声で振り返った少女は、外見だけ見ると既に成人を越えしているように見える程に大人びて整っていた。


グラード財団の若き総帥、城戸沙織。
この世のモノとは思えぬ程に気高く美しい顔を向けられた辰巳は「いえ、すみません」と僅かに狼狽えて頭を下げた。



「先日その絵を引き取ってから、ずっとお嬢様は絵の前から動かれないので…」
「………そうですね」


ふと辰巳から視線を外した沙織は、壁に掛けられた己と等身大の人物画を見つめた。

『女神』と名付けられたその絵には沙織と瓜りふたつの女性描かれており、女性は黄金のニケを持って、気高くも美しい笑みを称えている。
そして、沙織は今その女性と全く同じ格好をしているのだ。



まるで絵の中からそのまま出てきたかのような沙織が、自分と瓜二つの絵をじっと眺めているのだ。
美しいがかえって不気味に見えてしまっても仕方ない。


「ハァ……こんな絵が数十億もするだなんてな……」
「辰巳、この絵はある有名な画家が描いた貴重な絵。
二百数年前に描かれたというのに、今だに全く劣化する事無く瑞々しいままなのです」
「でも、お嬢様……いくら自分に似ているからと言ってあんな高値で引き取らなくとも……」
「……理由はそれだけではありませんよ」



すっと立ち上がった沙織は、『女神』の隣に立て掛けられている巨大なキャンバスの前に立つとその表面を覆い隠すようにかけられている布を掴んでバッと引き剥がす。


すると今まで布に隠れていた絵が姿を現した瞬間、辰巳は息をするのを忘れた。




そこには、天使の絵が描かれていたのだ。


黄金の髪をした美しい乙女が羽根を撒き散らしながら汚れのない微笑みを称えて優しく青い地球を抱き締めていたのだ。

その両脇には、純白のペガサスと黄金の獅子が描かれまるで微笑まれているかのように優しい目をしている。



柔らかな衣の質感、陶器のような滑らかな肌。

絵だというのに、まるで今すぐ動き出しそうな位に生々しくて美しい乙女を見ているだけで胸が熱くなる。


心が洗われるような清らかさと、その慈愛に満ちた微笑みに自分の罪ごと優しく包まれているような錯覚を起こす。





「……な…っ?」


ハッとして己の頬に触れると、いつの間にかとめどなく涙が溢れていた。




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