そして女神は微笑んだ_02 「……この絵は『聖女』と呼ばれているそうですよ、辰巳。 画家がその生涯で生み出した作品の中で最高かつ最後の作品……。死期を悟ってから取り掛かったこの絵には、彼のこれまでの愛情や絵にかける情熱、人生の全てがかけられているといっても過言ではありません。 とある教会に寄贈されたモノだそうで、この絵を見た人はどんな罪人も悔い改めて心から涙を流すと云われています」 「何故、そんな絵が、此処に……っ?」 辰巳が床に膝をついて涙と鼻水を流して泣いているのを横目に、沙織は布を握り締める。 「その教会で息を引き取った彼と、その生に寄り添った女性の遺言だそうです。二百数年後、この女神の絵を得た少女に贈るように、と」 「え……?」 「……この『聖女』絵は日本のある孤児院の教会に贈る事になっています。此処に布をかけて置いておくのは勿体無いですから」 「何故……布を掛けるんですか……?っ、こんなに美しい絵なのに」 見たことがない程に美しい絵だ。 『女神』の絵も素晴らしいものだが、『聖女』と並べてしまえば少しその素晴らしさは劣ってしまう。 それほどに、素人目の辰巳が観ても『聖女』の絵には並みならぬ情熱と愛情を感じた。 涙を流し床に手をついたまま『聖女』を熱心に眺める辰巳を一瞥した沙織は小さく溜め息を漏らした。 「そのまま置いておいては、この屋敷にいる全ての人間が涙を流してこの絵にずっと魅入ってしまうでしょう。……貴方と同じように」 「…ハッ」 指摘されていつのまにかずっと見つめていた事に気づいた辰巳が慌てて視線を外すと、沙織はサッと絵に布をかけ、壁に立てかけてあった金の杖を掴む。 「さぁ行きますよ、辰巳」 「は、はい!」 これから、コロッセオで銀河戦争と名付けた聖闘士での闘技を行うのだ。 沙織は、主催でありそのセレモニーで宣誓をしなければならない。 辰巳の後ろを歩いていた沙織は、ふと再び女神の絵を振り返って足を止めた。 ……そして、女神の絵の裏に残されていた直筆の字を思い出し、フッと口元を緩める。 ーDearー M.s Sasha and Lady Athena I'm really glad I met you. Alone (サーシャとアテナ様、君に出会えて本当に良かった。アローン) 「………ありがとう。エレナ、アローン兄さん」 「?お嬢様」 「いいえ、なんでもありません。涙を拭いてから来なさい、辰巳」 「申し訳ありません!」 「ふふ、謝らなくてもいいのですよ」 「……!」 まるで女神の絵と鏡写しのような美しい微笑みに、辰巳は顔を赤らめた。 華は実を生み出し、いつまでも次代へと繋がっていく。 冥界の華 ーENDー [*前] | [次#] 戻る |