囚われる01 

“ごめんな……エレナ”


あれは、夢だった。
確かに夢だった。
先程みた夢の続き……

目の前で花びらのように掻き消えていくレグルスを前に私は何も出来なかったのだ……。







「レグルスなら、ジャミールに参りました。あの子なら大丈夫です、私の弟子ですから」
「……そう、ですね。さっきまで傍いたレグルスが居なくなって驚いただけなので……気にしないでください」
「なんだよ……もうビックリしたじゃねぇか」


曖昧に笑うと気を使ってくれたシジフォスは、テンマにアテナとエレナの護衛を任せて石段を降りていった。


「何か視たの?」
「………少し、怖い夢を」
「……そうですか」

一人だけ首を傾げているテンマに「元気だった?」と声をかけて違う話題へと話を反らしていく。

三人で久しぶりに会話を交わすとサーシャはテンマに何か言って小さな箱をテンマに渡した。
そのままテンマは「またな!」と言って石段を駆け下りていってしまう。



「テンマ…?」
「少し席を外して貰おうかと思って……。エレナ、着替えましょう?血だらけではいけないわ」
「……うん」

神殿の方へと向かうと、アテナであるサーシャが着替えや桶を手にしていた為女官の時の名残で「アテナにこんなことさせてはいけない」といって自分で持った。


「そう言えば……女官や侍女たちは……?」
「……彼女たちは実家に帰したの。今聖域にいては聖戦に巻き込まれてしまうから。……今も数名残っている方もいるけど、彼女たちは自分の意思で此処に残ると言ってくれたのよ」
「そう……」



昔の遠い思い出が何度も通り過ぎていくのを感じながら、エレナはギュッと着替えを抱きしめた。
自分にあてがわれていた部屋に戻るとまるで数年ぶりに戻ったような懐かしさについ頬が緩み、相変わらず部屋のいろいろな処に貼ってあるアテナの札に苦笑を漏らした。

ほこりっぽい寝台に腰掛けて血に濡れた衣装へ手をかけると、桶の中で水を絞った布を手にしたサーシャが笑みを浮かべていた。


「一度杖を貫通させたから、背中の方まできっと血がついてる。背中は私が拭くわ」
「……何をしたの…サーシャ」
「秘密よ」


少しモヤモヤしたままサーシャに背を向けて髪を脇に避けた時、「あら」とサーシャの驚く声に後ろを振り返る。

「どうかしたの?」
「エレナの背中……凄いことになってるの」
「え」


まさか、血がこびりついている……とか?

パッと出された大きめの鏡を手にしたサーシャに促されるまま鏡越しに背中を見た瞬間、思わず「ひっ」と悲鳴を上げて黒いマントで背中を隠した。

(なんで…どうしてこんな……っ)


きっと今真っ赤になっているであろう顔をシーツで隠していると、サーシャはクスクスと控えめに笑っており更に泣きたくなった。


背中には、赤くうっ血した痕がびっしりと残されていたのだ。
嫌な予感がして脇の下や内腿の下など目が届きにくい処を恐る恐る覗いてみると、予想通り一際濃い痕が残されておりシーツに包まりながら再び悲鳴を上げてさめざめと泣いた。


「まあ、仲が良いのは良いことよ」


最後に笑顔でそう爆弾を落とされ、穴に埋まりたくなるほどにシーツに顔を擦りつけた。


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