-奪われた真実-01 

―――約15年前



聖戦の兆しのなかった、穏やかな聖域に小さな波が立ちつつあった。



「このサンクチュアリを去る、と?」
「はい。どうか私共に聖域を去る許可をくださいませ」



教皇セージの目の前にひざまずく女は、アテナの女官を勤めており白いキトンを身に纏っていた。
肩にかかる金の髪を払って背に流すと、透き通るような青い瞳で真っすぐ教皇を見据えて口を開く。



「私どもの噂はもう耳にされていると思います。そして……わたくしの恋人である獅子座のイリアスは、肺を患っております」
「……やはり」



最近任務から戻るととても疲労して戻る聖闘士を気にしていたセージは深くため息を漏らす。


最強の聖闘士と呼ばれた男、獅子座イリアス。

魚座のルゴニスと共にこの聖域を守って来た重要な聖闘士だ。



ルゴニスの方は最近己の後継者を教育しているらしいが、イリアスはいない。

後継ぎがいないまま、黄金聖闘士を手放すのは厳しい所がある。
いや、まだ黄金聖闘士の頭数が少ない中減らすのは得策ではない。



「……アテナがお生まれになっておらぬ今、むやみに聖域の戦力を減らすべきでないことも分かっております。ですが、イリアスが患っていることを知れば……彼の唯一の肉親シジフォスの悩みの種にもなりましょう」
「……ふむ」


たった二人の兄弟として支えあってきたイリアスと弟のシジフォス。
多くは語らないイリアスだったがそんな兄を慕い、シジフォスも同じように黄金聖闘士を目指して現在修行をこなしている最中なのだ。
それに、最強の聖闘士と呼ばれたイリアスが患っていると知り渡れば、シジフォスだけでなく他の聖闘士たちの士気にも関わろう。



ハァ…とため息を漏らしたセージは、ふと己を真っ直ぐ見つめる女官の青く澄んだ瞳を見下ろし再び深いため息を漏らした。


「……その、未来を見通す目を失うのも惜しい。星見、予知において自分がどのような立場にあるか理解してのことか?」

女自身も、アテナ付きの女官という立場がありながら教皇補佐を任されており、神事でも重要な役を担っていた。
そして、アテナ市内で一般に行われている祝い事の席に出て、その取り締まりも行っているのだ。




未来を見ることが出来る特殊な眼を持つ彼女は、聖域においてなくてはならない人物であることは明らかだった。
しかし、ふとその青い瞳を伏せた彼女は深々と頭を下げる。


「申し訳ございません。…この力も、この身に宿った命によって弱まってきております。もうこれ以上セージ様のお力になることはできません」
「……なんと」


額に手を当て、眉間に寄ったしわを弄る。
アテナに仕え、未婚であるべき女官や侍女。
神事に関わっている為というのもあるが、盛りである青年たちの集まる聖域を肉欲で汚さないようにという取り決めでもある。


よりによってそれを誰よりも理解している筈の人間の裏切りにセージは頭を悩ませた。
こうなれば、もう彼女の思惑通りに聖域を去らせるしかなくなる。
苦悶の表情を浮かべながら彼女を見たセージはふと目を細めた。




「その胎の中、双子か…?」
「はい。新しき星に選ばれる者ともう一人は凶星の元に生まれて参りましょう」
「凶星、とな」
「………身ごもった際、眠りを司る者に告げられました」



お前が身ごもっているのはペルセポネだ、と。




勿論、その命を零すことも傷つけることも許されない。

先程、冥王の命の胎動は始まった。
人の胎を借りて我等の王が生誕した際、迎えに行く。
それまで、お前に預けておこう。










「ペルセポネ……伝説かと思っていたが、本当に実在したのか。しかし双子が現れるのであれば、かえってこの事実を隠して聖域に留まるのが良い筈」
「………」


ふるふると頭を振った女は、はかなげに微笑む。


「…何故…」
「私たちの死に場所は此処ではございません。
大丈夫です、二人は一度離れようとも必ず聖域に行き着きます。凶星も闇に飲まれぬ限り、星と共に輝きましょう。故に、どうかその幼子たちを離れさせぬようにしてくださいませ」
「……まるで今生の別れのようだな」



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