対決 01 先生の黒い髪の周りを白いルフが舞い、まるで風が吹いているかのようにふわりと揺れた。 「迂闊だったわ。 私が担当してる研究室の仕事や試験で、一月の間だけ目を離した隙に貴女を嫁がせるなんて…!!」 しかも、煌などに!! 「幼い頃から貴女は、私のありとあらゆる知識と技術を吸収してきた。普通の魔導士なんて束で来ても敵わないくらいにね。 その才能は、悪用されていいものではないわ」 「悪用などされていません、私はただ大切な方々をっ!」 「現に、戦闘に参加していたじゃない!!……許せない……!!」 目の前に突き出された杖の先に白いルフが集束し、空気が揺らいで風が巻き起った。 しかし、更に杖を指揮棒のように振るい、赤いルフと黒いルフを混ぜて魔法式を組み上げていく。 アスファル、ハルハール、ゾルフ!!! 「大砂塵(ハブーフ・アルハザード)!!!」 小さな風は徐々に勢いを増していき、砂の巨大な竜巻へと変わっていく。 地面から突きあがるように渦を巻いている砂の竜巻が水を干ばつさせ、地面を抉りながら移動していく。 目の前に迫って来る竜巻に、肌の表皮が軋むような感覚がした。 (………怖い、でも) この先には、紅覇様や純々様達が、居る。 一瞬だけ先生に叩きのめされた時の想いが込み上げるも、すぐに力強く杖を握り返していた。 白いルフの他に、先程のルフと反属性のルフを集めてより複雑な命令式を組み上げる。 アスファル!シャラール……ラムズッ! 「大旋風(アーシファ)!!」 砂の竜巻とは正反対の水の逆回転の旋風によって竜巻は消え、乱気流によって周りの木々が大きくうねる。 そして、ザァっと打ち消した後は水が雨のように降り注いで乾いた大地と空気を潤した。 ぽたぽたと前髪から滴り落ちる水を払って周囲に目を向けるも、やっぱり私たちの他に人影は見当たらない。 おまけにあれほど派手な竜巻が二つもぶつかり合っても、空模様は変わっておらず、まるでこの空間だけが切り離されているかのような違和感に眉が自然と寄る。 「魔法結界…」 「ええ、そうよ。といっても、小規模のね。貴女と私の超律魔法が際限なくぶつかり合ったら、この辺りの自然は死滅するでしょうし。 ……それは、以前やって経験済でしょう?」 足元に広がった水たまりを踏みつけた先生は、また新しい魔法式を組もうと杖を振るう。 「だから皇子は来ないわ。此処には、私と貴女だけよ」 「先生……」 「教え子が、破滅へと進んでいるのにそれを止めない師範が居るかしら?何度言えば分かるの! 非魔導士(ゴイ)と、魔導士は解り合えない!どちらかが淘汰されるか、支配されるしかこの世界にはないの!」 「どうして、そんな悲しい事を言われるのですか……っ!魔導士でなくても、人は話せば相手を理解出来ます!解り合う事が出来る筈です……!私は…っ」 「やっぱり……言い合うだけ無駄ね」 ほんの少しだけ寂しそうに目元を下げて微笑んだ先生は、スッと表情を無くした顔で杖を突き出して来る。 「灼熱風(ハルハール)」 「ッ、シャラール!」 襲い掛かる炎の風に対し、空気中の水を音波で振動させて作り上げた見えない壁で防ぐ。 しかし、その代わりに水の大半が蒸発し、熱風が喉の奥を刺激して咳き込む。 「…っ!」 「ふふ……私の技の威力に対して、同じ出力の相反属性魔法を当ててくるのは賢いけれど……天音は根本を忘れてる。魔導士は己の適した属性を扱うことが一番ルフの伝導率が高くて、威力が強いのよ」 そして、どんなにマゴイの量が多く、才能があろうとも『知』を積んだ魔導士には敵わないわ。 「豪烈風(アスファル・イサール)」 「!」 先程の炎の風よりも遥かに強い威力の風を目の当たりにして息を呑むが、体は反射的に魔方式を組み上げていた。 「ゾルフ!」 「無駄よ」 砂を凝縮・硬化させてその風を防ごうとするも、まるで風が生き物のように迫って来ると砂の壁を一瞬で粉砕して襲い掛かって来る。 「フラ―――ッ」 「遅いわ」 風の根源である先生の杖の先を光魔法で貫こうとするも、風がボルグを覆い尽くす方が早い。 ヒビの入ったボルグごと風に巻き上げられ、大木に叩きつけられると同時にボルグが完全に砕け散った。 地面に倒れて咳き込んでいると、右手に杖を携えた先生がこちらを見据えながらゆっくりと歩み寄って来る。 「だから無駄って言ったじゃない。単純な魔法式でも、それを足していけば魔法式が乗算されて更に威力が増す。そんな簡単な事も忘れたの?」 「……せん、せい……」 「さあ、天音 わたしの手を取りなさい。貴女には才能がある。それにまだまだ教え足りないことがたくさんあるのよ。……煌なんかで留まっていい器じゃないの」 「どうして、先生はそんなに私を……」 「何言っているのよ。十年もずっと教えてきた大切な教え子なのよ? それが、非魔導士(ゴイ)の侵略国に嫁がされて、その上利用されるだなんて……あってはいけない事だわ」 短時間で大量のマゴイを消費した事で、息が上がって呼吸が苦しい。 マゴイはまだあるのに、体が付いてきてくれない。 (腕が、全然上がらない……っ) 腕が大量の魔力の放出に耐え切れずに裂傷が出来、じわじわと出血して綺麗な着物に滲んできてしまう。 紅覇様が選んでくださったものなのに、また汚くしてしまった。 腕がボロボロになるよりも、その事が悲しくてため息が漏れる。 「せっかく……選んでくださった、のに…」 ごめんなさい、紅覇様…。 「何?どうかしたの」 「先生…っ、私、は―――」 言おうと口を開きかけた瞬間、周りを覆っていた透明な結界が砕け散っていく。 そして、先生のボルグが眩く光って何かを防いだ。 戻る ×
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