異質 01 「姫!天音姫様!」 「……」 「そろそろ夕餉の時間でございますよ、姫様。紅覇皇子をお待たせしてしまいます!」 「、ぁ…もうそんな時間なのね」 地下魔導研究施設の一室、使われずにただの物置と化していた部屋を片付けて改装した部屋を宛がわれ、特別研究室として使うのを許されてからというものの、暇さえあればだいたい其処に籠もって魔法研究に没頭していた。 部屋の中にある唯一のガラス窓の外は地下研究室内を一望出来るようになっており、机はそこに置かせて貰っている。 研究に行き詰まったら、そこから一生懸命働いている人達を眺め、自分のモチベーションに還元した。 数日の休暇が明け、紅覇様は公務。私は魔法研究に精を出しながら日々を過ごしている。 煌の魔法研究施設は、幼き日の紅明様が発案し原型を作ったというだけあって、魔法研究施設にはそこそこ巨額の予算を回してくれているらしい。 何かしら国に役立つ発明をすれば、その研究者や所属部署には功労賞という形で下賜や賞与が入ったり、翌年の予算がやや増える。 つまり、頑張れば頑張るほど資金も地位も上昇していく。 だからこそ、ここの魔導士達は皆切磋琢磨していて、仕事に対する意識も高い。 部署の風通しを良くするためにも、定期的に人事異動も組んでいるし、無理な労働もさせない。休暇は管理されているし、急の休みにも対応可能。 とんでもないホワイト企業ぶりだ。 それほど、紅明様の才腕が優れているということなのだろう。 椅子の背もたれにもたれ掛かりながら、軽く背伸びをして重い腰を上げる。 「早くしてください姫様〜。あまり遅いと私まで紅覇皇子にお叱りを受けてしまうのです」 「はぁい。急ぎますね」 袖の中に手をやり、杖を取り出す。 それを見た私の侍女は、あからさまに青い顔をした。 ……今から私の足で、転送魔法陣が敷いてある場所まで行ってから、更に転送先の禁城から屋敷まで向かうよりも、私の魔法で直接屋敷まで飛んだ方がはるかに早い。 杖を携えながらトンッと地面を靴先で叩くと、床に転送魔法陣が浮かび上がる。 私の足下に浮かび上がるその光りを、侍女は緊張した面持ちで見下ろす。 あの時、ユナンは魔法陣を床に描かずとも魔法を行使していた。 紅明様は、空間を自在に操る事が出来るジンの力を使うことでどんな位置にでも転送魔法陣を浮かび上がらせる事ができるし、どんなモノも自在に飛ばせる。 ヤムライハさんは、床に精密な魔法陣を描くことでかなり精度の高い魔法を行使できる。 三者三様に使っていた魔法陣の紋様は随分と違っていたけれど、三人分もの転送魔法を見せられれば、魔法陣の解析も捗るというもの。 他の魔法研究と併用して転送魔法の解析も進めているけれど、今のままいければ紅明様の云うような転送魔法陣の魔法道具化は遠い未来の話ではない。 「じゃあ、私の手を握って」 「……はい」 「そんな不安そうな顔をしないで?」 「ですが……」 「大丈夫です。必ず紅覇様のお屋敷まで飛んでいけますから」 「それは分かってます…っ」 ガチガチに緊張した顔の侍女が私の手を掴んで強く握ってくれる。 それを確認し、魔法の杖を軽く振ると魔法陣が消えると同時に私達の体は地下施設から、紅覇様の屋敷まで一瞬で移動していた。 そう、紅覇様の食卓の真上に。 「――あ」と食卓の目の前で茶を飲みながらまったりとしていた紅覇様と目が合ったかと思えば、私と侍女の体は料理が準備されていた卓上に盛大な音を立てて落ちる。 「天音様!?」と焦った声をしている鳴鳳様や純々様たちの声を聞き流し、「今日も失敗…」と呟きながら痛む体で起き上がる。 私と一緒に食卓に突っ込んだ侍女は、髪の毛に麺をひっつけながら啜り泣いていた。 転送魔法陣で飛ぶことは出来る。 でも、何故か目的の位置から少し転送位置がズレてしまう。 自分の体を使って毎回微調整しながら試している筈なのに、上手い具合に転送されることが敵わない。 天地が逆転しているときもあるし………本当に謎。 「もぉ〜、お前は僕の屋敷の物を幾つ壊せば気が済むわけぇ〜?」 足を組み、自分が飲まれていた湯呑みと急須を死守した紅覇様の呆れ顔に見下ろされる。 もう何を壊したか覚えきれないほど、いろんなものを壊してしまった。 時には空に転送されてしまって瓦屋根を一部破壊し、池に豪快に顔面ダイブしてそのまま気絶し、慌てて救助されたり。 落ちた衝撃で扉を壊し、窓を割り、タンスを凹ませ……。 壁の間に転送されてしまった時なんて、悲惨だった。 腰から下の半身だけを部屋にいた紅覇様の眼前に晒す結果になってしまい、「これどういうシチュエーション??」と面白がる紅覇様に悪戯を仕掛けられて、しばらく助けて貰えなかった。 壊したものは責任持って魔法で直しているとはいえ、紅覇様としてはあまり良い気分ではないだろう。 おまけに、今日は食卓の上に落ちてしまった。 卓と皿は弁償できても、料理までは再現出来ない。 頭にフカヒレスープを被り、その熱さに耐えながら椅子に腰掛けている紅覇様に深々と土下座する。 戻る ×
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