異端皇子と花嫁 | ナノ
異質 02 


「申し訳ありませんでした……」
「まあ、良いけどさぁ…。後で料理人達に詫びいれておきなよ?」
「もちろんデス」
「あ〜あ、折角の料理はめちゃくちゃだし、部屋もこんな有様。
天音も体中料理まみれできったないし〜……」


急須と湯呑みを鳴鳳様に押しつけた紅覇様がゆっくりと此方に手を伸ばす。
するっとスープで濡れてる髪を一房取ると、ニコッと満面の笑みを向けられる。


「これはお仕置きかなぁ?」
「、ひぇ」
「何、文句ある?」


顎をわし掴まれ、ギリギリと頬に指が食い込む。
紅覇様の手に血管が浮かぶほどに力を込められ、目一杯顔を掴まれている今の私は随分と情けない顔をしているに違い無い。


ニコニコとしている筈なのに、紅覇様の笑顔が冷たい。
これは、相当怒らせてしまったらしい…。


助けを求めるように周囲へ視線を向けるも、皆が視線を反らして黙って部屋の片付けに取りかかっている。

私と同じように食卓の上に落ちてしまった侍女は、もう一人の侍女に背中を擦られながら退室していた。

彼女にも、後で謝らないと…と思っていると「随分余裕じゃない」と地を這うような低い声で呟いた紅覇様にやっと意識が戻る。


「お仕置きの前に、取り敢えず部屋を綺麗に直してくれる?」
「はい」
「んで、皿も卓も元に戻して」
「はい」
「そしたら、湯殿に行って、寝室に行くよ。僕も一緒に」


勿論、お前に拒否権なんてないから。
と冷たい目で睨まれ、ダラダラと冷や汗が止まらない。


その後は文字通り首根っこを掴まれて紅覇様に引きずられ、湯殿に放り込まれた。
身綺麗にされた後は、仕置きと称して数回尻を叩かれて声を上げてボロ泣きすることになった。

お尻を冷やしては貰えたけれど、食事を摂って食欲を満たした後は別の物も満たしたくなるらしい。
やっと全てが終わる頃には、ぐったりと寝台の上に泥のように伸びる結果となった。

枕にもたれ掛かって座っている紅覇様の胸元に頭を擦り付け、寄り添うように体をくっ付けると大きな手に優しく撫でられる。


「……こうは、さま」
「なあに?」
「どうして、私の転送魔法は成功しないのでしょう…?前に船で使った時は、二つの船の間に紅覇様が居たから、海に落ちたのは分かるのですが……こんなにやっているのに、どうして禁城内で成功しないのか原因が分からなくて…」
「…………」


そうなのだ。
大抵の魔法は、次使うときには微調整すればすぐに希望通りの効果を得られた。
転送魔法は複雑な魔法命令式系統ではあるけれど、元はといえば力魔法の一種。


力魔法といえば、光魔法次に私が得意な筈の魔法属性。
その得意な魔法属性の調整が、こんなにうまくいかないというのは初めてで、全く原因が分からなかった。

その他の魔法ならば、以前よりもぐんと精度が上がったほどなのに…転送魔法だけ、うまくいかない。


うーんと小さく呻っていたが、ハッと我に返ると慌てて言い訳染みた声で「でも!」と声を上げる。


「転送魔法以外の研究はスムーズなんです!
八卦札は、札自体を染色することでその色に引かれやすいルフを呼び、より少ない魔力で魔法を発動できるようになりました。
今はより製造コストを抑えつつ、量産可能な染色材料を探して貰っています!

魔法道具も、絨毯の面積を広げることで、より多くの人間を乗せて運搬できるようになりました!

迷宮生物と人体を融合させやすくするための八型魔法も、今研究しているんです。
そうすれば、戦争で腕や足を無くした兵士の方にも、自由に動く体を差し上げることが出来ます。
煌の為に働きたいと云っている人の手助けすることが出来ますし、家族も働き手を失わずに済みます」


ほとんど息継ぎをせずに言い切ると、「うん…凄いね。お前は僕の自慢だ」と言いながら優しく撫でられ、内心ホッと安堵のため息を漏らす。



「……―――なのに、転送魔法だけ上手くいかないんです。あんな風に紅明義兄様に言ったくせに、上手く云っていない事が恥ずかしくて、焦ると余計に転送先がずれてしまうし……私、どうすれば…」


じわっと視界が滲み、ぐっと唇を噛んで涙を耐えていると紅覇様に優しく目元を拭われる。
潤む目で紅覇様を見上げると、慈愛に満ちた目で見つめ返された。


「良いんだよ。成功に失敗はつきものなんだから。
いっぱい失敗しても、ちゃんと考えていれば最期は必ず報われる。
大事なのは、諦めないで挑戦し続けることだよ」
「…紅覇様…っ」
「僕はお前を信じてる。プレッシャーに耐えられなくなる前に、ちゃんと僕の所に戻っておいで。僕は、何があってもお前の味方だもん」


今度こそ涙腺が決壊し、ボロボロと涙をこぼしながら大好きな紅覇様にしがみつくように抱きついて啜り泣く。
背中を撫でられながら密着して泣いていると、人肌が心地よくて、いつの間にかそのまま眠りに落ちていた。

すぅすぅと深い眠りに入った天音の頭に頬を寄せた紅覇は、ぎゅっと小さな体を抱き締める。


「禁城内では、転送魔法が狂う…ね」


小さく呟き、「これは明兄に相談かなぁ」と意味深な表情のまま眠りについた。




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