異端皇子と花嫁 | ナノ
食客 01 


「あまね、彼女が我が国の自慢の「八人将」の内の一人であり、天才魔導士のヤムライハだ」
「初めまして、ヤムライハと申します」


大きな三角帽子を取り、にこやかに微笑む水色髪の綺麗な女性。
彼女の周囲でシャボン玉のような水の球がフワフワと浮かび、彼女の笑顔をより綺麗に魅せる。

その笑顔につられるように笑って挨拶を交わすと、満面の笑みで応えてくれた。
優しそうな彼女の姿に、ホッとして肩の力が抜ける。



食事の後、胃もたれに苦しみながら一休みしている内に、朝議を済ませて戻って来たシンに「王宮を案内しよう」と誘われたのだ。

例の「毛を生やす魔法」というマイナーな魔法を真面目に研究している魔導士が気になって仕方なく、シンの誘いに乗って黒秤塔という色々な研究者が集まっているという建物に連れてきて貰った。


「此所の部屋はなーー」と時折立ち止まっては簡単に解説を入れてくれるシン。


ヤムライハさんという人の部屋の前に辿り着くまで様々な部屋を覗かせて貰ったが、普通にしていれば美人なのに、「ひひひっ、これでいいはず!」「あー!違う!ムキー!」と奇声を上げながら一心不乱に研究にのめり込んでいる人ばかりで、声をかけられる雰囲気ではなかった。


道中がそんな感じだったせいで、ヤムライハさんも彼女達を上回る感じだったらどうしようかと少し思ってしまった。
その失礼な考えが杞憂だった事に安堵しつつも、ついつい彼女の豊満な胸元に向かってしまいがちな視線を反らす。

両肩をさらけ出し、貝殻で豊満な両胸の先を覆っているだけなので、殆ど胸が丸見えだ。


昨日のピスティと呼ばれていた女性といい……シンドリアは開放的な国民性なのだろう。真似できそうにない。




「ーーだから、彼女にあの魔法をかけてやってくれるか?頼む、ヤムライハ」
「畏まりました。…あまね様」
「!っはい!」
「宜しくお願い致しますね。此方にどうぞ」
「あまね、俺は公務に行かないといけないんだ。また後でな」


ニコニコと胡散臭い笑みを浮かべながら去って行くシンを見送り、彼女に案内されるがまま更に奥の部屋へと足を踏み入れ、唖然とする。


「この部屋…」
「散らかっていて申し訳ありません!すぐ魔方陣の準備をしますので、此方の椅子にかけてお待ちください」


パタパタと忙しそうに出て行くヤムライハさんの背中を見送りつつ、椅子に腰掛けて部屋の中をゆっくりと見回す。
部屋には、そこら中に魔法道具と思しき小道具が無造作に置かれてたり、壁に飾られたりしていた。
家庭教師の先生の私物の比じゃないほど多く、しかも見たことがない形をしている物だらけだ。



(そっか、迷宮攻略者…)


シンドリアにも攻略者がいると聞いた事がある。だから、魔法道具が……いや、見る限りそんなに古い物ばかりじゃない。
と言うことは、独自研究している物…?


煌もたくさん迷宮を攻略して、迷宮生物達を連れ帰って研究してるのだし…。

迷宮攻略者がいる以上、シンドリアだって煌ほどじゃなくとも、魔法研究施設を保有していても不思議じゃない。


「………」


紅明様があれだけ真剣に魔法研究を発展させたいと願っているのも、こういった世界各国の魔法研究に負けられない。という危機感からなのかも知れない。


これだけの小国が魔法道具の独自生産に着手してるのだ。

西の大国のレームや、魔導士の国であるマグノシュタットは一体どれだけ魔法技術が進んでいるかなんて想像も出来ない。



……それらが、いつ煌に向けられるのだろうか。

否、もう既に何度もマグノシュタットから流出した魔法道具による被害も出ている以上、見過ごすことも出来ない。


「平和に解決出来るのが一番なのだけれど…」
「うん?どうかしました?」
「何でもありません」

首を傾げているヤムライハさんの手には、大きな真珠のついた珊瑚色の杖が握られており、その杖の先で床にガリガリと魔方陣の文様を描き始める。


何も見ずに描いている筈なのに綺麗な陣があっという間に描き終わり、一仕事を終えたように息をついたヤムライハさんが額の汗を拭う。



「後は、髪を伸ばす命令式がありますので、それを魔法でかけさせて頂きますね」
「はっ、はい!」
「そんな緊張されなくても大丈夫です!すぐ終わりますから」


…魔法を他人にかけられるなんて、先生以外にされたことなんてほとんどない。
しかも、先生にかけられた魔法なんて、拷問に類する魔法ばかりで良い思い出が全然ない。


おまけに魔方陣の補助付きなんて、一体どんな作用が働くのだろう?
この魔方陣は見る限り八型のルフを引くような図が描かれているみたいだけれど、水魔法などの紋様もちらほら見える。

本当に毛以外には作用しないのだろうか。
どうすれば髪の毛だけに作用するように調節出来るのだろう。

緊張と期待で高揚して、心臓がドキドキする。


訊きたいことがたくさんある。



でも、もし私が魔導士だと知ったら、目の前の彼女はどういう風に思うのだろうか。

マグノシュタットや煌とのつながりを知ったら…?

敵だと、言われてしまうのだろうか。







「行きますよ、せーの…!」



魔方陣が紫色の光りで輝くと同時に、反射的に緊張して身が強張り、私のボルグがバチンッと大きな音を立てて彼女の魔法を相殺してしまう。



「え"!?」
「あ…っ」



起きた出来事を、二人とも一瞬理解出来ずにしばし固まる。

緊張しすぎたせいかボルグが過敏に感応して、弾き返してしまった。その余波で魔方陣の一部が焼き消え、シュゥ…と音を立てて床に焦げ目がついた。

無意識に反発してしまったとはいえ、反動した威力が強すぎる。



(やっぱり、何か変……)


この前魔法を使った時もそうだった。
魔法を使おうとすると、周囲から一斉に視線を向けられたかのように体がビクつく。

いざ魔法を使うと、威力を調節している筈なのに、何故か自分が考えている以上の威力の魔法になってしまう。


どうにかしないと…いや、その前に…ヤムライハさんは?
魔法が反発した勢いで怪我でもしてしまったら申し訳ないし、シンにも顔向けできない。



「……や、ヤムライハ、さん…?」


恐る恐る目の前で呆然としていたヤムライハさんに声をかけると、ハッと我に返ったらしく、ワナワナと震え始める。
まさか、怒らせてしまった!?と一人で内心焦りながら「大丈夫でしたか!?怪我は!?」と声をかけると、ジッと無言で見つめられて背筋がピンと立つ。


「貴女……魔導士なの?」
「ええ…っと…、はい。すみません。緊張してつい…!周りの方にはちょっと秘密にし、ぐぇっ」


突進するかのようにいきなり抱き付かれ、ギュウッと強く締め付けられる。


胸…っ、胸に顔を押し付けられて苦しい…!


「っ嬉しい!!他国の魔導士なんて、久々に会ったわ!!
私、基本的にこの国から出ないから…!ねぇ、魔法はどれくらい扱えるの!?自分の杖は!?」
「う、うっ。生憎、自分の杖を無くしてしまって魔法は……」
「なら、私のを貸してあげるわ!ねぇ、ちょっと見せてくれない?」


胸から開放されたかと思いきや、私の身の丈以上もある大きな真珠のついた杖を渡され、両腕で抱えるようにして危うい手つきで受け取る。

いきなりの事に頭が付いていかず、どうしようかと思いを巡らせる。


「早く早く!」とキラキラした目で急かしてくるヤムライハさんを前に、小さく呻ってから緊張と共に諦めの息を吐く。

これは魔法を見せないと納得して貰えないに違い無い。


(でも、見せるといっても、他人の自室で大がかりな魔法は扱えないし…)


最近は何故か威力の調節もままならない。
どうしたものか、と辺りを見渡した。

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