異端皇子と花嫁 | ナノ
食客 02 


ふと、彼女の周りで浮かんでいた水球が目に付く。

そして杖を振るために両腕で支え持つ。すると、辺りの空気がザワザワとして周りから手が伸びてきて私の手助けをするかのように、杖を捧げ持とうとしてくるイメージが湧き上がった。


その手達を振り払うように、心の中で「一人にして」と何度も何度も何度も念じるように呼び掛けると、杖を持っていた多くの手が震えながら離れていく。


その感覚に、なんだか申し訳ないような、悲しいような感情が浮かんでくるものの、頭を振って振り払う。


最後に私の両手だけが残った瞬間を見計らい、「凍結(サルグ)!」と声を絞り出す。

水球をビキッと一瞬で凍てつかせ、それを力魔法で砕いて小さな結晶の華にして天井から粉雪のように室内に降らせて光魔法で輝かせる。


「綺麗…」と感心したように降り注ぐ氷の粒に手を伸ばすヤムライハさん。

その結晶も、彼女の手に触れるとすぐに空気中に融けて消えていった。



「杖、お返しします。ヤムライハさん」
「…す、ごい。すごいわ!水から氷の結晶を造り上げ、尚且つ結晶を壊さないようにしつつ最小単位まで分解、結晶一つ一つに光魔法を乱反射させて、床につくまでに結晶を融かし尽くす……。
単純な魔法と見せかけて、なんて細やかな命令式…!!!貴女、一体何者なの!?何処から来たの!!?」

目を爛々と輝かせながら、私の両肩を掴んでグラグラと揺さぶってくる。


「お、落ち着いてください。ヤムライハさん」
「コレが落ち着けるわけないでしょう!?さあ、洗いざらい話して貰うわよ!!」
「ええー……」


手をワキワキさせ、息を荒くしながら詰め寄ってくるヤムライハさんに壁際まで迫られる。
断わってもぐいぐい来る彼女の熱意に負け、渋々自国での事を漏らした。


煌の事は勿論話すことは出来ないものの、マグノシュタットから派遣されてきた家庭教師の先生の事を話すと、ものすごい勢いで食いつかれ、ヤムライハさんの身の上話も聞かされることになった。


そしてお互いにマグノシュタット仕込みの魔導士と知り、魔法のことを話し始めると止まらなくなってしまって本来の目的を忘れて語り合うと、すっかり日も暮れてしまっていた。










「あ、居た居た!!王様!!今良いですか!?」
「おお、ヤムライハ」
「どうしたんです?そんなに慌てて…」

シンとジャーファルが政務を終えて紫獅塔目指して歩いていた最中、慌てるように駆けてきたヤムライハに二人して立ち止まる。


「聞いてください!あの子!例の隊商の子!」
「…あまねの事かな?確か、貴女の所に居てもらっていましたね。あの子がどうかしたのかい?」

「彼女、魔導士だったんですよ!
それも、私と同じくマグノシュタット学院で学んだ学徒でした!
おまけに魔法の知識も技術も並大抵じゃありません!マゴイの貯蓄量もものすごいし、魔法式の技術ならば私よりも上かもしれません!!!」
「…なんですって?」


信じられないものをみるように目を見開いたジャーファルは、シンを横目で睨むように見つめる。
そんなジャーファルの視線から逃げるように顔を背けるシン。


「シン」
「……魔導士なのは気づいていたが……」
「いや、気付いてたのなら、もっとはやく言ってください!!あの子、そんな素振り全く」
「俺も彼女が魔法を使った場面を盗み見たから知ってるだけだ。現に、お前だって気づかなかったんだ。
……何か事情があるんだろう?」
「……」


煌の服を着ている上流階級の、少なくとも貴族階級以上の生まれ育ちの……魔導士。
世間知らずな箱入り具合から察するに、平民からの叩き上げなんて事は考えられない。

おまけにあの若さでマグノシュタット学院で正式に魔法を習った学徒だなんて……。


余計に解らないし、得体が知れない。


引き続き注意するに越した事は無いだろう。


「ヤムライハ、彼女の事を頼めるか?
同じ魔導士のお前になら、多少は気を許すだろう。
まだ王宮の中に居るのなら、商館に帰るのを引き留めて貰えると助かる」
「仰せのままに。王よ」


踵を返して急いで去って行くヤムライハを見送り、小さく息を漏らす。

フッと二人して無意識に辺りを見回し、人気の無いことを確認してから口を開く。


「所で、どうだジャーファル。首尾の方は」
「ええ。あの後、煌の諜報員数名と接触することが叶いました。彼等も快く我々に協力してくれるとのことです。……ただ、捕らえたあの諜報員がなかなか頑固でして…話を聞いてもらえないのですよね」
「……」


煌が各国に諜報員を紛れ込ませているのは知っていた。シンドリアも、レームも同じことをしているから。
だが、その諜報員の中には長期間此方で暮らす中でこちらの生活に慣れるものもいる。

そういった者の中には、ある程度話し合いをすれば此方の要求を聞いてくれる人物も存在する。


ようは、どの国も一枚岩ではないということだ。


「王宮内で泳がせていた諜報員の方は、部下と一緒にしばらく出向させて国から出しますので、彼女の事はまだ気づいて居ないでしょうね。…どうしますか?」

「しばらく様子を見るさ。一度我が国に入った以上、彼女も大事な食客だ。
何処の国の者であろうと、我が国の客に仇なすのならば許されるわけがない」

フッと不敵に笑ったシンが腕を組むと、体中に付けられた貴金属たちが反応するように音を出した。

通路に射し込んだ光に反射し、キラキラと輝く。


「七海の覇王、"シンドバッド"を敵に回したいのならば別だがな」


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