異端皇子と花嫁 | ナノ
同志 01 


ぼんやりと見上げた天井は、見たこともない色をしていた。

見慣れない部屋を見渡して数秒してから、ハッとして慌てて跳ね起きる。
でも瞼を持ち上げる事でさえ億劫な程に体が重く、体を支えきれずにコロンっとまた布団に背中が埋まる。


「……」

キョロキョロと何度周りを見渡しても探してる人の影は見えず、その事が異常に不安を感じて自然と目頭が熱くなった。

考えようとしても何故か思考が纏まらなくて、ただただ整理しきれない気持ちが涙になってポロポロと出てきてしまう。


(紅覇様……)


すんっと鼻を鳴らして薄手の布団の上に転がっていると、視界の端で扉が開いて私と同じくらいの少女が姿を現した。
此方に気付くと「あら!」と嬉しそうな声を上げて枕元に近寄って来る。


「気がついたのね!良か……って、どうしたの!?大丈夫?」


私は、紅覇様と一緒に迷宮から外へと戻る途中だった筈。
外には変わりなくても、此処は紅覇様と居た場所ではない事は分かった。

じわっと滲む視界の中に映りこんでいる少女は、左右に分けて結わえている緑髪を乱しながらおろおろと此方を見ていた。

見たところ、私と同じくらいの年齢。
困ったように眉を八の字に変え、「あの…」と此方を窺うように見つめて来る。


「申し訳ありませんでした。あの此処は…?……貴女、は…?」
「私は水月。で、此処は私の家!貴女は?」
「私は、天音と申します。えっと…水月、さん」
「水月でいいわよ。天音ね、よろしく。色々聞きたいことはあるけれど……取りあえず遠慮なく休んで。少し体調が良くなったら、改めて訊くことにするわ。病人なのだし、気を楽にしていいから」
「病人…?」
「気付いてないの?すごい熱よ」


額に触れて来た水月のひんやりとした手が汗ばんだ前髪を掻き分けた時、やっと自分が汗をかいているということに気付いた。

自覚した途端、汗のせいで全身にべたべたと重たい衣装が張り付いて息苦しさを感じて小さく喘ぐ。
そんな私を見て、水月が申し訳なさそうにまた表情を曇らせた。


「ごめん……濡れタオルとかで拭いてあげたいのだけれど、何処の水源も渇いてしまっていて…」
「水が、無いのですか?」
「ええ。ここしばらく雨が降らなかったせいで近くにある村々では深刻な水不足なのよ。今さっきも外に探しに行ったのだけれど、やっぱり見つからなくて…」


はあ、と熱い息を吐くとカラカラに乾いた喉がヒリついた。

生唾を飲んでも異物が通るような違和感を覚えるだけで全く喉は潤わず、逆に渇きを強く感じる。


喉が、渇いた。頭がクラクラする。
何でもいいから、水が飲みたい……。


浅く息を吐きながら袖の中の杖を手繰り寄せ、あまりよく回らない頭のまま目の前にいる少女を見つめた。
「お金はないけれど……、水なら用意出来ます」
「え?」
「えっと……ちょっと待ってて、ください」
「あんまり起き上がったら!」
「これくらいならまだ平気です。……これから、ちょっとした手品みたいな事をします。
あまりびっくりしないでくださいね」


ぐらつきながら体を起こし、カラカラに渇いているであろう水瓶に向けて何度か杖を振るうと青いルフが集まってきて水瓶の中へと吸い寄せられていく。
すると間もなくザザッと渦巻くような水音と共に水瓶のフチいっぱいになるまでの水が満ち、微かな波紋でピチャンと柔らかく揺れた。

水不足と言っているだけあってルフが集めにくかったが、集められないことはない。



「………っ」

チリッと指先に走った痛みに眉を寄せ、血が出てくる前に裂けた小指を口に含む。

じわっと口の中に広がる血の味を前に、うーんと唸って目を閉じた。

この程度の魔法を使って体に反動がすぐ返って来るようでは、魔法で飛んで紅覇様の所に帰るだなんてもっての他。
マゴイがすぐに底をついて、衰弱死してしまう。


マゴイと体調がある程度回復するまで、此処に置いて貰うしかない。


(せめて紅覇様に『無事です』っていう位は伝えたいのだけれど…)


こういう時に限って先生からもらったルフの瞳を、宿泊したところに置いてきてしまったのを後悔してため息が漏れた。

そもそも、私が居る場所が何処なのかさえ分からないのに、帰るも何もない。

連絡手段もないし、帰る手段もない。



(………八方塞がり……)


お手上げです…。そう心の中で呟いて力を抜くと、簡単に体がバランスを失ってポスッとまた背中から布団へと逆戻りした。

はあ、と熱い息を漏らしたとき「……天音」と水月が震える声をだす。

もしかして怖がられたのかも…と、天井から隣に居る水月に恐る恐る視線を向けてみる。
すると彼女は真っ赤な顔をしながら此方を仰視しており、フルフルと肩を震わせていた。


何か不味かった…?
やっぱり、手品なんて無理があった…?


働かない頭のまま水月を見上げ、なんとか体を再び起こそうとするも上手く腕に力が入らなかった。

「水月……あ、の」
「今の、本当は手品じゃ、ないでしょう?」
「えっと……て、手品です。ビックリしちゃいましたよね…?えっと…」
「嘘よ!だって、水瓶の中に青い鳥がたくさん吸い込まれていくのが見えたもの!!
貴女、私と同じく不思議な力を持っているんじゃないの!?」

「っえ!?」


顔を真っ赤にしながら真剣な表情で此方を見つめる水月の瞳には熱が篭っており、その瞳の奥には好奇心と何かが見え隠れしていた。

フワッと二人の間を光るルフ鳥が飛んでいき、私と彼女の目が同時にそれを追う。
それによって彼女の言っている言葉が真実なのだと理解した。


(ルフが見えてる…!?ってことは……)



彼女も、私と同じ魔導士だ。



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