雲のち雨

いつも通りの日常。
いつも、休日になれば雲雀さんと一緒に出掛けて、幸せな時間を送れた。




『僕と別れてくれない?』


いつもより、優しかった貴方。
キスもたくさんして、いつもより幸せだった。


だからかな。


いつもより、雨が冷たい…………




電話越しに聞こえたその掠れた声。
傘を握っていた手に力は入らず、傘は開いたまま足元に転がっていた。


時間をかけてセットした髪は雨で濡れて顔や服に張り付いている。
ちょっぴり化粧をしてたから、きっと今、凄く酷い顔になっているであろう。



『……名前?』
「あ……はい、分かりました。今まで、ありがとうございました」


口から、機械的に言葉がこぼれ、心が驚いて追いつかず、その言葉をやっと理解したのは携帯から通話後の無機質な音が聞こえてきてからだ。



「あ……れ…?」



(私、何で泣いてないんだろ……)

つぅっと頬に触れるも、伝うのは冷たい雨だけで、ざわついた心から雫は滴ることはない。


(悲しい筈……なのに、な)


携帯の履歴にある『雲雀さん』と出ていた名前をじっと見つめ、そして力を無くその場に座り込んだ。



「あれ?名前じゃねぇか!どうした?」


フッと雨が遮られ、振り返るとそこには同じクラスの山本武の姿があった。


「山本、君」
「すっげーびしょ濡れなのなッ。タオルなら持ってっけど使うか?」

慌てた様子で鞄を漁る山本。
バットとかを持っている所を見る限り、おそらく近くのバッティングセンターにでも行っていたのだろう。


ボーッとしながら山本を見ていたら頭の上から真新しいタオルをかけられ、手を差し延べられた。

ゆっくりと手を取って立ち上がると、地面に落ちていた傘も拾ってくれて、手に握らせてくる。


「送ってってやろうか?それとも、ヒバリに連絡して……」
「ッ!」

携帯を取り出しかけた山本の腕を掴むと、相手が驚いたようにこちらを見てきた。


「山本君……私、私ね」

ギュウッと強く山本のシャツを握ると、震える声を必死にこらえながら言葉をしぼりだす。


「雲雀、さんに……フラれちゃ、った……」

俯いたままじっとしていると、不意に頭に大きな手を置かれた。


「……そうなんか。だから、名前は泣きそうな顔してたのな」
「……え……」



小さい子をいつくしむように優しく頭を撫でられ、山本を見るといつものようにへらりとした笑いをしていた。


「辛かったら、泣いても良いんだぜ?名前は大事なダチだから、胸くらい貸してやるのな」
「……は、はは。なにそれ」


まるで来いとも言うように大きく片腕を広げる山本。



それを見て、思わず胸の内が熱くなった私は、浮気性なのだろうか……?

心の中はまだ彼が巣くっているのに、今は他の人でいっぱいだ。



罪悪感などに遮られつつも、私は持っていた傘を再び地面に放り投げた。

悲しみも苦しみも、この雨に全て流されていって欲しい。



届かない雲へ手を伸ばすのは、もう疲れた。
今は手の平に優しく降り注いで満たしてくれる雨の優しさに甘えたい。









そして、周囲に雨が降り注ぐ中、私はやっと泣く事が出来たんだ………。











………二人が付き合う事になるのはまだまだ先の話。





雲のち雨のち虹!!

















〜おまけ〜



「オレ、名前と付き合う事になったのなッ!!」

「ふ〜ん……で?」

「自慢しに来たのな!!」

「ふざけてる?……咬み殺すよ?」

「ハハッ。と言いつつ、実は羨ましいんだよな。ヒバリ、まだ名前の事好きなんだろ?」

「………」

「でもわりぃ、オレ名前を渡す気ねぇから」

「何?奪いに来るって分かってるから来たのかい?」

「……オレは、名前を泣かせねぇよ。それに、もしヒバリが奪って行くってんなら、全力で取り戻しに行くだけだなのな」




雲のち雨のち、大嵐?








2010.05.18


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