第五話・歓迎出来ぬ夜明けの鳥・


「・・・どうしてお前がここにいる」

「一介の生徒が来訪者に向かってなんて言葉遣いだ、これは学校長に規律をしっかりさせるよう進言せねば」

「戯けたことを、進言なんてしないくせに無駄に口を動かさない方が疲れないんじゃないか?」

「ふふふっ言うじゃないか餓鬼が」


くすくすと人を嘲るような笑う妙齢の女の声
その正体を知っているシュネィヴァは背後から語りかける女性に背中を向けたまま
それが当たり前のように

しかし姫祇は彼女を知らないため既に振り返りその姿を目で認識していた
ついで不安気にシュネィヴァと女性を交互に見ている

どうしたの?

瞳で語りかけてくる少女に、声を出さぬように口を動かし気にするなと言う


「それにしても、嗚呼こうやって見まえるとはどうして・・・私達は気が合うのだろうか、なぁ?」

「さぁな、俺はさっさと帰りたいんだ」

「ツれない事を言うなよ、なぁ“没落者の子”」

「ッ!!・・・黙れ国の飼い犬が・・・!」

「はははっ!言ってくれるじゃないか荒くれ者の大将が
本当に進歩がないな」


ん?と首を傾げる気配にギリと歯を噛み締める
振り返っている姫祇には見えているだろう、女性の酷く相手を馬鹿にしたその顔が


「・・・昨日のことについて忠実な鼻面をひくつかせて調査にでも来たのか?」

「全く言葉を選べぬ餓鬼だなシュネィヴァ、“親しき仲にも礼儀有り”という言葉すら知らないのか?」

「残念だがお前を親しい人間などと思ったことすらないのでな」

「・・・にしても、愛らしい人形だな?遊んでやれば随分と楽しいだろうよ?」

「!!」


人形
その言葉を聞いた瞬間にシュネィヴァは体を捻りそのまま姫祇の体を後ろに引いて庇うように背後に隠す

途端嬉しそうな笑い声が廊下に響いた


「やっとこちらを向いた、なぁシュネィヴァ
相変わらず可愛い顔だこと」


もう一度蠱惑的に笑う、その満足そうな嘲笑の顔にシュネィヴァは舌打ちをした


ああ、何度見ても憎たらしい

暗い色の体にぴったりとした機動性重視の服
栗色のストレートの髪が腰の辺りまで風もないのに揺れている
見るものを射抜く鋭い瞳に真っ赤な口紅のひかれた唇は三日月型に吊り上げられていた

誰もが美人という美貌、しかしだからこそ刺々しさが際立つ


「言葉遊びは満足か?“ナイチンゲール”」


睨み、女性の通り名を言えば表面上は嬉しそうに相手が笑う

ナイチンゲール

朝を告げる鳥の名を通り名にしている、が彼女が告げるのは決して誰もが待ち望む安息の始まりではない

招かざる事態の始まりを告げる鳥

それが眼前のナイチンゲール


「お前とのお遊びに満足など有り得ないよシュネィヴァ、いつもいつも・・・足りない位だ」


まるで言葉に酔いしれるかのように言うナイチンゲールをまた睨み付ける
すると彼女は落胆を表すかのよう大袈裟に肩をすくめた


「躾がなってないな」

「飼い慣らされるよりずっとマシだ」

「そんなことだからお前は、いつまでも鎖に繋がれたままなんだぞ?」


睨み合い、言葉をぶつけ合う二人
緊迫した空気

ああ、マリカがいなくて本当に良かった
あいつはナイチンゲールがとにかく苦手だから


そう考えたのと、背中に小さな感触を感じたのは、ほぼ同時

そしてその感触が姫祇が服を掴んだと認識したのと彼女が動き銀線が視界を走ったのも同時だった


「あ・・・っ!!?」

姫祇の小さな掠れた悲鳴

今、ナイチンゲールとシュネィヴァの距離は一メートルとないとこまで縮まっている
近くなった顔、そして、首筋に突きつけられた鉄の銀

僅かな隙間を残した鋭利な刺突剣―レイピアがナイチンゲールに握られてそこに存在していた


「・・・なぁ坊や
あまり大人をからかうような言葉ばかり覚えるものじゃないよ、もっと素直になった方がこの未来(さき)も生きやすいぞ?」

「ほう?俺は十分自分に素直に生きているがな」

言われたら言い返す
先程までと何変わらぬ対応
変わったのは、首筋にある得物だけ
そして今の言葉にその剣がツッと上に動き、剣身が頬に当てられる

冷たい鉄の温度

それを見た姫祇が何か言おうとするのを手で制し肌に冷たさを感じながら尚も睨む姿勢を変えず


数秒間の沈黙



不意にナイチンゲールは瞳を閉じて考える素振りを見せてから頬に押し付けていたレイピアを引いた


「頑固者は、調教したくなるよ」

目尻を吊り上げ、それでも口元には笑みを浮かべたまま

「お前なんかに躾られるなんて絶対に御免だ」

くるりと踵を返しコツコツと足音を立てながら彼女は去っていった


その姿が見えなくなるとシュネィヴァは強張らせていた体から力を抜き、愛刀を掴んでいた手を離す


「・・・帰ろう、姫祇」

静かに語りかけると小さな頭がこくりと頷いた

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