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孤高な黒と気づけないおれ



全校集会。
体育館でクラスごと列になって先生の話だとか、注意事項を聞く時間。
皆がみんな体育座りでおしくらまんじゅうをしてるような中、ある人は真面目に話を聞くし、またある人は居眠りをしていたりする。
それぞれが少しずつ違った行動をしながら、不思議と統一感のある空間で一人を探し出すのは普通容易でもない。

しかし、彼だけはすぐどこにいるかが分かってしまう。
それは自分にとって相手が特別だというのもあるけれど、分かりやすい違いが彼の周りにだけあるのも理由のひとつ。
だからきっと、自分以外の誰だってすぐに彼を見つけられる。

最前列の位置から腕に顔を隠しつつ左斜め後ろを覗き見る。
ほんの少し離れたところに、穴があった。正確には、ある人物を中心に少しずつ周囲が彼から離れて出来た空間。
別に一メートルとか大袈裟な距離をとられてる訳じゃない。だけど確実に周囲と彼とは距離が空いている。
彼が近づけないからか、それとも周りが近づかないからかは分からない。
だけど彼の周りには穴があった。
だからすぐに見つけられる。

盗み見た先で、孤高な黒い人は真っ直ぐステージ上の先生に目を向けて話を聞いていた。
おれの視線と彼の視線が交わることは、話の最中に一度としてなかった。



なのに、




「随分と熱心だったな」
「…ぅ…っ!!?」

放課後の、二人きりの教室に彰の声が響く。
何に、なんて聞き返さずとも分かりきっている。
どんな力を使っているのか全く分からないが、彰はおれの視線に悟い。
ひとつの机を挟むようにして座りあう二人の距離はとても近くて、おれは心臓の音が彰に聞かれてるんじゃないかと怖くて仕方なかった。

「ぇ…と…ゴメン」
「何に対しての謝罪かは知らないが、正式に謝るなら人の顔を見ながらしたらどうだ?」
「………」

視界の隅に彰が机上で組んだ腕が映る。
俯いた重たい頭を謝罪のために持ち上げる気には到底なれなかった。
勿論、謝りたくないからじゃない。
見られないから、上げたくない。

強引に白状させられた言葉に何故か彰がのってきたあの日から、おれと彰は付き合ってる…らしい。
おれからしたら彰の半径五メートル以内に存在することすら恐ろしいことなのに、あれから毎日休み時間や放課後のちょっとした時間に彰がおれの隣にいる。
幼馴染みの明はおれ達を仲介したと思ってるのか、彰が来ると自然な動作で離れていってしまうから頼りにならない。
そんな気遣いはいらないから、とにかく助けてほしい。


「相沢、聞いてるか?」

ピトッと冷たい感触が耳に触れた。
驚いて体が跳ねる。
ガタガタと机と椅子が騒々しい音を立てて、おれは彰から少し距離を取った。
心臓がバクバクと煩い。
冷たいものに触られたはずの耳は火傷でもしたんじゃないかってほど火照っている。

「ご、ごめっ…ん…」
「人の顔も見ず、よく謝れるな」

責めるような口調にズキリと胸が痛む。
体が震えて、どうしてか泣きたくなった。

今も、これまでも、そしてこの先にあるかもしれない彰との時間が、ツラい。
彰はどうしてこんなおれと一緒にいるんだろう。遊びかなにかだろうか。
おれの何が面白いんだ。
やめて欲しい。
やめてくれ。やめてくれ。
その目でおれを見ないでくれよ。
こんな気持ち悪い姿をうつしてほしくない。
おれのせいで彰が汚れてしまったらどうしよう。
気持ち悪い。こんなおれ。気持ち悪いから、近づかないで。
イヤだ。


「相沢、巧。お前はそんなに耳が遠いのか」

突然グイッと顎が強い力で引っ張られる。
顎が上を向いたら、当然顔も上を向くわけで。俯いていた視界が一気に黒に染まる。

真っ直ぐな瞳がこちらを見ていた。
鋭く黒い目に射抜かれる。
既知感。

「ちゃんと聞こえてるんだろうな?五回は呼んだぞ」
「ごめん、なさい…」
「何だ、人の顔を見ながら謝れるじゃないか」

いや、それはあなたがおれの顎を固定してるからです。とは言えないが顎への圧迫は存外きつい。
手を離してほしくて両手で彰の腕を掴んだら、急に腕から力が抜けて顎が自由になった。

そして、自分が特に考えもせず掴んだものに意識が向く。
彰の程よく筋肉のついた腕を、ガッチリ掴んでる自分の、両手が。

「うっ、ひ!ひゃあああっ、あっ!!!」

ガタンッ!バタンッ!
腰を浮かせて後退り、椅子がこけて頭を打った。痛いけど、それどころじゃない。
触ってしまった。
あろうことか自分から彰に。
顔が熱いし耳の中で鼓動の音がする。
息が苦しい。

彰は何を考えてるのか分からない目でこっちを見ている。
引いてるんだろうか。それとも呆れてるのか。

「あ、ああああの、そのっ…そんなつもりは微塵もなくて、えと…」
「そんなつもりとはどんなつもりだ?」
「ええと…触る、つもりはなかった…です」
「……」
「……」

気まずい。
やっぱり気持ち悪がられたんだ。
あの時意地でも白状するんじゃなかった。
そうしなかったらこんな惨めな気持ちにならずにすんだのに。
ずっと離れたところから見て、それだけで満足できていたはずなのに。

「うん…そうだな」

彰の呟きに心臓がドクリと跳ねた。
体が震えて、手の先が冷えていく感覚。
何を言われるか怖い。怖い。怖い。

真っ直ぐこちらを見る瞳が、少しだけ細くなる。


「あからさま過ぎると不快だが、相沢程度だと逆に引き出したくなるな」

「……はい?」

うんうんとひとり頷く彰を思わず凝視する。
こちらの様子に気づいたのか彰の感情が薄い表情に僅かながら不思議そうな雰囲気が見てとれた。

「どうした」
「いや…何を言ってるのかなって…」
「俺は感情を強く押しつけられるのは嫌いだが、お前くらいの引き具合なら不快に感じないという事実を確認しただけの話だ」
「え?え?き、気持ちが悪いとかじゃなくて…?」
「なんの話だ」

彰は心底意味が分からないとでも言いたげな口調だ。
むしろ不快じゃないと言われた。この、おれを。


「相沢」

彰は唖然とするおれの腕を掴んで立ち上がらせる。
近い、数十センチの距離にまた顔が熱くなるのを感じた。

「今まではお前が俺を見ていただけだったが、これからはそうじゃない。よく覚えておけ」

「帰るぞ」と呟き、彰はおれの腕を掴んだまま歩き出す。
いつの間にやら彰の片方の手は二人分の荷物を持っていて、あっという間に教室を出た。
引きずられる腕の力は強くて、ちょっとやそっとじゃ逃げ出せそうにない。

どうか誰も見てませんように。
火照る顔も隠せないまま、おれは無力にもそれだけ祈った。




自分のことで手一杯な巧は気づかない。
一匹狼と恐れられる人間がある人物とよく一緒に居ることが既に周知であることを。
そして、そんな一匹狼が他でもないある人物をまじまじと観察している事実を。
当の本人たる相沢巧だけが知らない。




++++++
ことあるごとに反応して真っ赤になる巧が何故か顎クイには反応しない不思議。


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