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運命が交わる前


嫌になると自然と元気もしぼんで俯きがちになってしまう
それに気付いたのか『カレ』が首を上向かせ訊ねてくる

「どうかしたか?ロウグ」

「ねぇ・・・オレは本当にいつか「人間の世界」にいかなくてはならないの?」


『カレ』の足音だけが静かな森に響く
とさっ、とさっ
木々の間を通り抜けながら、『カレ』は自分を諭すように騙る

「戻らねばならん、お前はヒトだから帰らねばならん、森は獣の住む世界、ヒトは人間の集団「街」に住むものだ、お前も何時か、帰るのだ」

ロウグの顔が悲しげに歪む、『カレ』の言葉はロウグの未来、訪れる別離を意味する

「なんで?なんでなんで?オレは今此処に住んでるのに何でずっといちゃいけないんだ?」

「それは今のお前が一時的に此処にいるに過ぎないからさロウグよ、ヒトはヒトの運命を持ち、定めに縛られておる
お前は帰るのだよ人間の世界へ、わかったか?」

「・・・・・・」


『カレ』の言葉は何時も正しい、『カレ』の言葉に間違いはない、だから『カレ』の言う運命は何時か訪れる、確実に

幼いロウグは無言で『カレ』の背中を掴んだ
泣きたくはない、だけど悲しくて悲しくて仕方がなくて、やりきれない気持ちを手に込めた


「別れが悲しいか?」

「・・・・・・」

無言で俯き続ける
すると急にロウグの世界が跳ね上がった、『カレ』に襟首を掴まれ持ち上げられたのだ
そのまますとんっと地面に降ろされ『カレ』と向かい合わせになる

『カレ』の瞳は森の色、暗き深緑、世界に溢れる生命の色
ロウグの土色の瞳とぶつかり合いその瞳は輝く

周りの木々より温かく、何よりも力強いその瞳に惹き付けられ目を離せない


「いいかロウグ、獣に抱かれた悪意も知らぬ無垢なヒトの子よ」


難しい言葉、だけどそれは不思議とロウグを捕らえ離さない
辺りに『カレ』の低い声が響き流れる


「運命は全ての生命に平等に割り当てられ抗わせず常に生命を産み、導き、送るのだよ
お前がヒトとして生きるのも、妾が森で生きるのも全ては運命なのだ
今お前が妾と生きているのはほんの少し、運命が交差したにすぎない、別離は必然」

「ひつ・・・ぜん・・・・・・絶対に・・・」

涙は流さない
けれど乾いた心は水を求める
潤して欲しい、優しい言葉という温かな滴で
だけどそれを得られないことは分かってる、幼いながらに自然に生きて育ったロウグは知っている

甘えを与えてくれるものは同種だけ
ヒトの自分は彼等から甘やかされることはない

弱い分だけ生きる知恵をつけなければならないから

だけどそれでも求めるのは幼いから?弱いから?


目尻が熱い、鼻がツンとしてくる、視界が滲む
ナンデ・・・?


「ロウグ、別れを恐れるな」


水分が止まり、視界が『カレ』だけを映す
強い身体を、柔らかな輪郭を、鋭い顔を映す


「ヒトは言う、別れがあるから出逢いがあると
別れを恐れるな、離れる運命と出逢う運命は隣り合わせ、何時か訪れる別離も在れば、何時か訪れる出逢いもある
お前は妾から離れ、そして心通わすヒトと出逢う時が来るだろう
・・・生きるとはそういうことだよ」

「出逢い・・・ヒトと、オレが?一緒に・・・?」

そんな未来が訪れるだろうか?想像ができない

静かに流れる時間
流れ続ける『カレ』とロウグの時間
大きな『カレ』と小さなロウグは暫し見つめあい動かなかった



「・・・行こうロウグ」

目を閉じて『カレ』は優しくそう言うと再びロウグを自らの背まで持ち上げた

ロウグを乗せて『カレ』は歩く

とさっとさっ


「・・・―――」

ロウグが小さく『カレ』を呼んだ、耳がそれに反応してピクリと動く


「・・・だけどオレは・・・此処が・・・アナタが大好きだよ・・・」

泣きそうな声でそう言ってロウグは『カレ』の背中に顔を埋めた
瞳を閉じて温もりを感じて、微睡みに身を委ねていく


深く暗い獣の森
古き森を行くのは一匹の獣と一人の幼子

少年へと成長する彼の記憶の破片
世界を知らぬ愛すべき日々


風がざわざわと慌ただしく吹き抜けていく
雨の匂いが鼻孔を刺激してきた

だけど焦りは生まれない
穏やかな心で彼は空を見つめた

別離は過ぎた

出逢いはまだ訪れない

喪失感と孤独感が少年の中で混ざり合い何時の日の幻想を繰り返し続ける
そしてそれは母のように甘い誘惑
現実を少しずつ切り離す悪魔で悲しみを癒す天使で


愛しき夢を温かな過去をを胸に抱いて
少年はあの日のように眠りに落ちた




++++++
小さなロウグ君はいかがでしたでしょうか?
時期はクミカさん達に出会う前の回想イメージ

こんな過去からロウグ君は人の感情がよく分からないんだとさって話がしたかっただけでした

その内不思議がってるロウグ描きたい

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