ライン

まじょ



頭上高くに広がり、煌々と輝きを降らす満天の星空。
その遥か下の地上で、二人の兄妹が空を仰いでいた。

“お兄様、お星様がすっごくキレイ!”
“そうだね。本当にキレイだ”

キャッキャッと無邪気に腕を空に伸ばす少女。
優しく笑ってそんな様子を見つめる少年。

広い草原で上を見ながら楽しそうにどこまでも歩いていく。

“そうだ!ねぇお兄様、今度はお城の塔から見てみよう!きっともっと近くで見れるよ!”

嬉しそうに少女が言う。
それに少年は、寂しそうな顔をして答えた。


「無理だよ。もう、僕達はお城に入ることはできないから」


++++

国王の住居であり、国を動かす中心地でもある厳かな城。
何代にも渡って政治の拠点として機能している建物は、長い年月を感じさせる貫禄を常に纏っている。
その王城に立ち入れるのはほんの一握りの貴族と、彼らを守る選りすぐりの騎士といった限られた人間のみだ。
よって、小さな町ほどの広さを誇る敷地は、城下に比べれば驚くほど静かである。

しかし、この日は普段と違った。
いつもならまばらな人々が、広間や廊下で点々と人だかりを作っている。
どの集まりもざわついており、誰もが口許に手を当てながらヒソヒソと言葉を交わした。

幾つもの言葉が城を飛び交う。
ひそめられた声、そのどれにもいくつか同じ単語が使われていた。

「後継者」「10年前」「ホラ吹き」



「呪われた子」





謁見の間は城内のどこよりも大きく、立派な扉で入り口を守られている。
兵士が二人がかりで開閉する扉は開くだけで人に重圧を与えた。
そして、この扉が一度閉められれば、室内は何人も侵せない神域のような異空間へと変貌する。

上座の中央に腰かけるのはこの国の王だ。
真っ白な髪と口髭がかなりの高齢を思わせる。
だが、長年支配者として培った威厳に満ちた風貌は堂々たるものだ。

王は衰えを感じさせない鋭い眼光を、目の前に膝をつく青年に向けていた。
命を産む海を思わせる深い青の衣装を身に纏った青年は、静かに頭を垂れている。

「…面を上げよ」

重厚さを感じる声に促され、青年が静かに顔を上げる。
うなじほどの長さのある髪は衣服の青よりもさらに深い濃紫色だ。
顔はまだ若干のあどけなさを残すものの、形の良い唇とスッとした鼻梁は、引き締まった表情も相まって人をハッとさせる魅力を持っている。
しかし、何よりも目を引くのはこの世のものとは思えない鮮やかな赤紫の瞳。
秋風に揺れながらも、儚さを感じさせない濃い色の秋桜に似たその色だろう。

そんな否が応にも人を惹き付けるだろう青年は、その瞳で国王を見つめる。
玉座の上で王もその目を見つめ返した。
長い静寂が部屋を包む。
壁際に配置された近衛の兵は、あまりの緊迫感に固唾を飲んで様子を見ていた。


はぁ、と静かな部屋に響いたのは王の溜め息だった。


「言伝てはいっておろう」
「はい」

国王の言葉に、初めて青年が声を出した。
テノールの凛とした声音は閉じられた部屋によく響いた。

「五日前に西軍を指揮するグノス上将より直々に伝言をいただきました。
その答えを伝えるべく、此度は陛下の御前に馳せ参じさせていただいた次第です」
「…では、その答えとやらを聞こうか。トルタよ」

国王の瞳がすぅと細められる。
トルタと呼ばれた青年は、一切王から瞳を逸らすことなく言葉を紡いだ。


「私の心は変わりません。
トルタ・ヴォッサーノ・ヴェル・グランディスは王位継承権の剥奪と共に王都を追放。東のエンダー古城に身を置き、その一生を過ごせ。
私の人生はこの先も、10年前の命令のままに」


もう一度、広い室内に王の溜め息が響いた。
それでも、トルタの赤紫の瞳は王城の年老いた主を静かに見つめ続けていた。


++++

エンダー古城は百年前の戦で砦にも使われたある名家の館だった。
しかし、蔦の這う石組の壁はかつての繁栄などどこにも残していない。
特に、城の西側に建つ同じ建築様式の見張り台は所々崩壊しており、すきま風が怪しい音色を立てる始末。
その不気味さに誰もが気味悪がり、城に自分からは近づこうとはしない。
そんなエンダー古城を地元の人間はこう呼ぶ。

“魔女の住まう廃墟”と。




「どうしてそんなことを言ったんですか!!」

男の野太い怒鳴り声が、人の寄らぬ城に木霊する。
あまりの大声に、トルタは思わず耳を塞ぎながら顔をしかめた。
鋭い目付きで自身を怒鳴る男を睨む。
しかしその何倍もの渋面で男に迫られ、トルタは呆れたように溜め息を吐いた。


「そんな顔をしたって無駄ですよ?俺は今、生きてきた中で一番怒ってるんです!」
「…だったら何だ」
「怒ってるって言ってるんですよ!!なんで王様の御慈悲を無下に断ったんですか!!」
「無下にはしていない。その為に追放された王都の城まで出向いて謁見したんだ。
それに今回の話は慈悲じゃない。元々あっただろう話を改めて提案されただけだ」
「だーかーらっ!なんでそれを断ったんですかー!!」

声の振動でビリビリと家具が揺れる。
トルタは痛む頭を抑えながら、右の爪先で騒がしい男の左の脛を容赦なく蹴った。
「がフッ」という呻き声と共に響いていた声が止み、男がその場に崩れ落ちる。
その隙にトルタは騒がしい男を置いてさっさと今いる部屋を後にした。
迷いのない歩みで城の中を進んでいく。
そしてある部屋の前に来ると扉をノックした。
木独特の鈍い音が立ち、部屋の内部からパタパタと誰かの動く音が聞こえてくる。

「…入るぞ」

一言断りをいれて、トルタは室内へ足を踏み入れる。
部屋には動物を模した人形がいくつか床に転がっていた。
トルタが視線を動かすと、その内のひとつを抱えた少女と目が合う。


「お兄様!」

まるでパッと花が綻んだようだった。

少女は朱色と菫色を使ったドレスに身を包み、神の果物と称される桃の色をした髪を揺らしている。
雪のような白い肌に頬の赤みが映えており、桜色の唇は笑みの形に緩む。
澄みきった空に似た色を持つ瞳は少し垂れていて、それがより彼女の雰囲気を柔らかなものに仕上げる。
喜びを露にする少女を見て、トルタはつられるように微笑をこぼした。

「ただいま、リケル」
「お帰りなさいお兄様」

フフフと笑い声を溢しながらリケルは床の人形をせっせと拾い、棚や暖炉の上に並べる。
それが一段落してから、慌てて兄を部屋の中心に置かれた机の方へ促した。
それに従ってトルタが椅子に腰掛けると、その隣にリケルも座る。
そして彼女はトルタに向き合うと、大きな瞳を輝かせながら口を開いた。

「お早いお帰りでしたね。王都はどんな様子でした?」
「相変わらず賑やかで人が多い。忙しなくて息が詰まるかと思った」
「まあ、そんなに凄かったんですね」

クスクスと楽しそうにリケルは笑う。それから少し宙を仰いで、また口元に笑みを浮かべた。


「そうだ、お前にお土産がある」

そう言うとトルタは懐から小包を取り出した。
丁寧に包装されたそれを慎重に妹へ渡す。
受け取ったリケルは不思議そうにしながら小包の包装を解いた。
幾重にも重なった保護のための紙を取り除くと、中から出てきたものが陽の光を反射する。

「わぁ、綺麗…」

シャラリと音を鳴らしながら持ち上げられたのは、ガーネットのあしらわれたペンダントだった。
控えめな白銀の鎖に赤色と黄色を閉じ込めた石が輝く。
リケルは嬉しそうに美しいガーネットを陽に透かして眺める。
少女らしい仕草をトルタは微笑ましく見ていた。

「着けるか?」
「はい!お願いできますか?」
「ああ」

トルタはペンダントを受け取って立ち上がる。
リケルの背後へ手を伸ばし、淀みない動作でカチリと金具を留めると、彼女を正面から見た。

「良かった。よくお前に似合っている」
「ありがとうございます」

桃色の髪を軽く撫でて彼が言えば、リケルは照れと喜びが混じったような顔で笑った。
そして右の人差し指でペンダントに触れながら、兄に感謝を述べる。


部屋には穏やかな時間が流れていた。


王城のような広さゆえの静寂ではない、温かな静けさ。
忙しなさとは無縁の時間。


「そういえば聞いてくださいお兄様。昨日散歩をしていたら、とても綺麗な湖を見つけたんです」
「ほう?」
「小さな魚も泳いでました。むこうの森の中なんですが…そうそう、湖をぐるりと囲むように薔薇の花も咲いていたんですよ!」
「…なに?」

ピクリとトルタの眉が歪む。
それにリケルはきょとりと首を傾げた。

「どうしました?」
「薔薇の花に囲まれてたのか?」
「はい!隙間もないくらい全てが薔薇の花でした!赤や紫に…ピンクの薔薇もありましたよ」
「隙間もなく囲まれていて…お前はどうやって湖を見つけたんだ?」

「へ?歩いていたら道ができたので…そこからです」

ぱちぱちと瞬きをするリケルは、トルタがなぜそんなことを聞くのか不思議そうだった。
そんな妹を見て、トルタは二の句を次ごうとして……グッと唇を噛んだ。


「…怪我はしなかったか?」
「はい!」

にこりとリケルが満面の笑みを見せる。
ひどく無邪気な笑顔を見て、トルタは一度瞳を伏せてから先刻の穏やかな笑顔を浮かべて、妹の頭を撫でた。



++++++
設定を変更したので書いたもの。
兄と妹のやり取りが書きたかっただけとも言う。

やっとリケルの肉付けがしっかりしてきたかな…(遅い)

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