ライン

一男五女


春、新たに高校への入学を迎えて周囲は色めき立っている。
学業に励む者、部活動に精を出す者、そして、ピンクな出会いを期待する者。
僕の新しい環境で出来た友人第一号は出会いを期待する一人だった。
休み時間に入れば、やれ隣のクラスの○○さんが可愛いだの、ほれあいつは先輩の彼女がいるだの騒がしい。
趣味の範囲で気が合うし、気さくな性格なので一緒にいることは楽しい。
ただ、毎日毎日知らない人の情報を貰ってもこちらとしては困るしかない。
そりゃあ僕だって年頃だし、彼女が欲しいかと言われれば欲しいと答える。

ただ、僕の場合お相手は自分で見極めたいから余計な情報はいらない。それだけのことだ。

「お前な、見極めるったって限度があるだろ〜」
「そんなこと重々理解してるさ。でも、根拠のない噂話をホイホイ吸収するよりは、自分で確かめた方がその人を知るのに効率がいいと思うよ」
「そうか〜…そんなもんか?」
「人それぞれだとは思うけどね。友人として君にひとつアドバイスをあげるよ」

すっと人差し指を立てて、僕―水無月文也は友人に向けて静かに言った。

「女性は自分を隠す生き物だから、見かけに騙されないことだね」





水無月家の大黒柱はなかなか名の売れた写真家だ。
父の写真はそれなりに有名な雑誌の表紙に使われることも多い。
その知名度の分撮るべき写真の数も多く、一ヶ所に留まっていられないのが現状だ。
そのため父が我が家にいることはごく稀である。
確実にいるのは年越しくらいか。
後は不定期に帰ってきてはまたいなくなる日々。
だけど家族思いな我が父親は珍しいところに行けばお土産を忘れないし、家族の誰かに大事があれば、仕事を投げ出してでも帰ってきてくれる。
今日だって家族を養うために奔走しているのだろう。
正に尊敬にすべき父の鏡だと思う。

そんな父を一番に想っているのが母親だ。
父が家族のために生きる人なら、母は愛に生きる人。
一途に父を想い、最愛の人を追いかける母親も、普段は家にいない。
父としては大人しく子ども達を守って欲しいようだが、母の強すぎる意思に負けてしまうようで仕方なく一緒に各地を回っている。
だからと言って母が子ども達を気にしてないかと言ったらそんなことはない。むしろ父より子ども達を溺愛している。
父の徹夜などがない限り毎晩おやすみコールをくれるし、旅先からしょっちゅう食べ物を送ってくる。
特に僕は成長期だからと毎日牛乳を飲みなさいとか、鍛えて父のように逞しくなりなさいとか言われている。

そんな両親のもとに僕ら兄弟は生まれてきた。
ちなみに僕は長男。ただし、一番上ではない。
家の兄弟は全員で六人。僕は五番目の子どもで、兄弟唯一の男だ。
そう、我が家は女ばかりの一家なのである。

長女の菜々美。
次女の桜花。
三女の百合香。
四女の椿姫。
そして僕の妹でもある五女の麻衣。

水無月家の人達は皆性格がバラバラなことでご近所には有名だ。
ただし、あくまで近所に限られる。
なぜかって?それだけ僕の兄弟は周囲に自分を隠してる部分が多いから。
それだけ。





水無月家の朝は騒がしい足音によって始まる。
バタバタ廊下やらリビングを走り回るのは長女の菜々美姉さんだ。おっちょこちょいな彼女は毎朝何かを探し回っている。
その音で一番に起きている次女の桜花姉さん以外は目を覚ますのだ。
僕も目を覚まして、自室から顔を洗うために出てくる。
部屋の扉を閉めた途端ドスッと腹部に衝撃が走るのも、毎日のこと。
じわじわと痛む腹を気にして視線を下げると形の良いつむじが目に入る。

「…おはよう麻衣」
「おはようお兄ちゃん!ねぇねぇ抱っこして!洗面所まで抱っこ!」
「麻衣が僕の腹から離れたらね」

そう言えばササッと体を離す我が妹。五女の麻衣。
肩まである髪を両耳の裏で縛った麻衣は甘えん坊だ。
140pあるか怪しい身長に大きな丸い目を期待に輝かせている。
贔屓目を除いたって愛らしいと思う外見をしているが、一応僕との年の差は三つ。
今年から立派な中学生だ。
こんな調子で将来大丈夫だろうかと心配になりながら、いつも通り小さな体を抱き上げる。

「お姫様抱っこにしてー」
「それはいつかできる彼氏にやってもらいな」
「意地悪」
「はいはい」

ぷっくり頬を膨らませてねだる麻衣を適当にあしらいつつ洗面所へ。
すると、先にその場にいた三女の百合香姉さんと鉢合わせる。

「サン姉、おはよう」

この本名とかけ離れた呼称は、小さな頃から僕が使う姉への特別な呼び方だ。
とにかく姉の数が多いため、長女からイチ姉、フタ姉、サン姉、ヨン姉と呼んでいるのが定着しているのだ。
ちなみに、麻衣は姉達を○○お姉ちゃんではなく、○○ちゃんと呼ぶ。
自分だけお兄ちゃんなのも少し不思議だが、文也ちゃんとは呼ばれたくないので何も言わない。

僕の呼び掛けに百合香姉さんが振り返り…腕の中の麻衣を見て眉を動かす。

「…文也?朝っぱらから麻衣に何してるの?」
「言っておくけど麻衣から抱っこをせがんできてるからね」
「えへへ〜」

自慢気に笑う麻衣に百合香姉さんはヒクヒクと唇をひきつらせる。
次の瞬間目にも止まらぬ早さで僕の腕から麻衣を下ろし、そのまま僕をハグした。
と、認識した頃にはその体は離れて、百合香姉さんは顔を赤くして捲し立てた。

「べっ、別に麻衣が羨ましかった訳じゃないんだから!!朝の挨拶が遅れただけなんだからねっ!文也は早く顔を洗いなさい!」

すたすたと部屋から退場していく百合香姉さん。
ツンデレを受け止めておいて、とりあえず僕は麻衣と顔を洗ってリビングに向かった。
ふんわりと部屋に香る朝食の匂いに麻衣の腹の虫がなる。

「あらあら、元気な挨拶ねぇ〜。おはようふーちゃん、まいちゃん」

くすくすと笑いながら台所に立つのは次女の桜花姉さん。
誰よりも早起きな桜花姉さんは皆の朝食を作る担当だ。

「おはようフタ姉。ご飯は盛っておく?」
「お願いふーちゃん。あ、まいちゃんはおかずを運んでくれる?お姉ちゃん、皆のお弁当を詰めちゃうから〜」
「はーい!」

三人がかりで食卓の準備。
その間に支度を終えて一段落した長女の菜々美姉さんがリビングに顔を出す。
そして、その場にいる全員にハグとほっぺちゅーをして回る。
男の僕としては、この行為が正直恥ずかしい。
だからといって、拒絶をした日には学校に行けなくなるのが目に見えてるのでしないけど。

大方の準備が終わると百合香姉さんも姿を表し、もれなく菜々美姉さんからハグとほっぺちゅーをされている。
毎朝の恒例なのに、百合香姉さんだけは顔を真っ赤にして怒る。でも拒絶だけはしない。


「じゃあ皆〜ご飯にしましょうか〜」

桜花姉さんの掛け声で全員が所定の席に座る。
僕も自分の席に着こうとして…急に胸元に這わされた手にぞくりと体を震わせた。

「ふふっ、今日もいい体つきだねふーちゃん」
「…おはよう、ヨン姉」
「おはようの記念にキスしよ?」
「ご飯食べたらね」

嘘。絶対キスなんてしないけど。
こう言わないと四女の椿姫姉さんは離してくれない。
案の定嬉しそうに笑って椿姫姉さんは自分の席に着いた。
隣に座る百合香姉さんがすかさず椿姫姉さんを叱る。
そうすれば今度は百合香姉さんの胸やら腰やらに手を滑らせ始める椿姫姉さん。
さすがに見てられなくて目を逸らす。百合香姉さんの悲鳴がリビングに響いた。


「さっ!今日も元気にいきましょ!」

菜々美姉さんの掛け声に全員で手を合わせて朝食をいただく。
僕は坦々と口に料理を運ぶタイプだが、両隣がそうはいかない。

「ねぇお兄ちゃん…これとって…」

右隣の麻衣が魚を指しながら上目遣いに頼んでくる。
魚の骨くらい自分で取れよと目で訴えるが効果がない。
仕方なく麻衣から箸を受け取り見える範囲の骨を除く。
これでこいつは一日をご機嫌で過ごすのだと思えば、少しは気にならない。少しだけ。

「ありがと!」

箸を返せば笑顔の妹。
さて、と自分の食事に向き直ると明らかに量が増えていた。
ちら、と左隣を伺えば桜花姉さんと目があった。

「成長期なふーちゃんにプレゼントフォーユ〜〜」

ふふふって慎ましやかに笑う彼女の真意はこうだ。

『麻衣のお手伝いありがとうね〜』

おかずが増えるのが悲しいわけではない。むしろ嬉しくて仕方ない。
ただ、貰えた条件に残念というか、一種の呆れに似た感情を抱いてしまった。
だけど貰ったことに変わりはない。

「ありがとう…」

小さく言えばまた桜花姉さんはふふふっと笑った。まるでお母さんみたいだ。




朝食を終えたら制服に着替える。うちの学校はブレザータイプでややネクタイが面倒。
鞄を手に階段を降りれば、スーツに身を包んだ菜々美姉さん。「行ってきます」と慌ただしい姉さんを見送り、自分も玄関に向かう。

「きゃっ☆ゆりのお肌今日もスベスベ…」
「まいちゃ〜んお弁当持ってね〜」
「ヒッ!変なとこ触らないでよ!」
「お兄ちゃん待って私も行く〜!」

騒がしい声を聞きながら玄関で一人ごちる。
追いついた麻衣がぎゅっと腕に抱きついてきた。その後ろで大学生の百合香姉さんと椿姫姉さんがもみくちゃになりながらついてきている。

「行ってきます」

玄関の扉を開けたら、変身の始まりだ。


「じゃ、私行くから」

そうクールに言い捨て先を行くのは、一秒前まで人の腕を掴んでた麻衣。
振り返ることもせずドンドン歩いていく姿に最早甘えはない。

「気を付けて行きなさいよ文也」
「はーい」

声をかけてくれた百合香姉さんはいつの間にか椿姫姉さんと離れている。
絶妙な二人の距離は『仲は悪くないけど良くもない姉妹』。
その姿に、誰がベタベタくっつき合う本性を見抜けるだろうか。

家の中と外でこうまで変わるかと、恐ろしさすら覚える。


「ふーちゃん」

不意に声をかけられて振り返ると、唯一裏表の少ない桜花姉さんがコチラを見ていた。
途中まで一緒に行こうと目で言っている。それに頷いて二人で歩き出した。
大概桜花姉さんも心配性である。


麻衣は真面目で頼りがいのある少女。
椿姫姉さんは口数少ないお嬢さん。
百合香姉さんはフレンドリーで落ち着いた人物。
桜花姉さんは心優しいお姉さん。
菜々美姉さんは完全無欠のできる女。

これが外でのうちの家族。
みんなが知る、本性ではない姉妹の姿。

女性は隠す生き物だ。
僕が兄弟から学んだこの事実は、僕が生きる上で多分、役立つって少し信じてる。




++++++
着地点迷子。

長女:しっかりしてそうで抜けてる
次女:最早お母さんな天然
三女:ツンデレ
四女:ヤンデレ
長男:愛され常識人
五女:甘えん坊常識人

なんてまあ面倒な一家。

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