ライン

竜人



「一生幸せにする!だからオレと…結婚してくれ!!」

桜の花びらが風にのって舞い、暖かな日差しが人々を包むある日。
校門にでかでかと張り出されたクラス表の前に広がるのは非日常な光景。

片や、腰を90度に曲げて右手を差し出す男子生徒。
片や、前髪で完全に目元を遮断している女子生徒。

そんな二人を囲うようにできた人だかりはそろって目を見開いている。
何で?と誰かが言った。途端にざわざわとうるさくなるギャラリー。

女子生徒の体が震え始める。
彼女からなんの返事もないのが気になったのか、男子生徒はそろそろと顔を上げた。

ふわりと、一陣の風が女子生徒の前髪を揺らす。
一瞬重なる、二人の視線。
熱を含んだ目で彼女を見ていた男子生徒は見てしまった。
前髪の下、今にも溢れんばかりの涙を溜めた真っ黒な瞳を。


男子生徒が何かを言い募ろうと口を開く。
が、彼が何かを言う前に女子生徒の右足が一歩後退した。
そして、その後続いた言葉はやたらうるさい空間の中だというのに、無情にも男子生徒の耳に届いてしまった。


「ごめんなさい」


高校の新しい一年を送るクラスが全校生徒に発表された、春のとある一日のことだった。






数世紀前、長く伝説とされてきた生き物と人間の間に子どもができた。
その生き物とは、ドラゴン。
生まれてきた三人の子どもはいずれも人と大差ない外見で人の社会に混ざった。
そして、彼らは順調に子を成し、その個体数を伸ばし、やがてはその種族だけで国を作れるまでに至った。

人の体を持ちながら、その身に逞しい翼と尾を隠し、肌の下に固い鱗を持つ彼らを人々は「竜人」と呼んだ。
竜人は生き物を遥かに凌駕する腕力と魔力を各々が宿し、総じて長い寿命を持つ。
そんな彼らが生態系の頂点に君臨するようになるまで時間はかからなかった。

人々は竜人を恐れた。
竜人は人々と繋がりを持とうと考えた。

竜人はその力で人間の生活を保護することを約束した。
人間は竜人に対し待遇し、彼らの機嫌を損ねないよう尽くした。

そして幾年月が経ち。竜人と人間はそれぞれのコロニーで互いに干渉しあいながら生きてきた。

人間からは少しずつ竜人への恐れが消え、昔のような機嫌取りも減った。
お互いが隣人で、力を分け合う社会が出来上がったのである。


繁栄した竜人は、その個体数を増やす必要性がなくなった。
今や同種族間で子を成し、世代を繋ぐことが可能になったからだ。
一定の個体数を保つことができればよい、そのように考えるようになった竜人は自分のつがいに生涯を捧げるようになった。
そうして、竜人の一夫一妻制は出来上がった。



ハルキは竜人と人間の母との間にできた子だった。
普通、竜人と人間が子を成せば竜人の子どもができる。
しかし、稀に人間の血が濃く発現する子も生まれた。その子は人に近くありながら、竜人の特徴も持っていた。
人に近い竜人を「半竜人」と呼んだ。

ハルキはそんな半竜人の一人である。
鱗は出せるし、翼も持っていた。けれど、尾はなく魔力も竜人に比べれば微々たるもので、そこは人間に近いと言えた。
人間の母と共に人間の社会で生きてきたハルキは、自分で力を出さない限り竜人の血を自覚する機会はなかった。
あの日までは。

高校2年生の始まりとも言えるクラス発表の日、彼はすれ違ったある女子生徒に目を奪われた。

千歳、それが彼女の名前。

自分との接点が皆無な女子生徒に釘付けになるなど初めてだったハルキは、まず慌てた。
それから彼女の外見から、友人間で噂になっていた人が彼女だと分かった。

それからは早かった。
告白というより、最早プロポーズといえる言葉を初対面の彼女に叫び、逃げられた。


そんな苦い思い出から、一週間が経過した。




「ハルキ、中庭で飯食おうぜ」
「あ、わりぃオレ用があるから」

昼休みの教室。騒がしい中で、昼食に誘う友人に断りを入れる男子生徒がいた。
短く切り揃えた癖のある髪。人懐こそうな瞳からは快活さが見える。整っていると言える顔に機嫌の良さそうな表情を浮かべ男子生徒―ハルキは席を立った。
友人は断られたことを不満そうに顔に出している。
それに気づかないままハルキはいつものようにある席に向かった。
その席に向かうと友人だけでなく、周囲まで怪訝な顔になるのも、ハルキは知らない。

彼の真っ直ぐ向かった先。
その席に座っている女子生徒は、顔が見えなかった。
なぜなら、長く伸ばされた前髪が彼女の目元を完全に覆っているから。

千歳。

周囲から彼女は、まるで重い空気のようだと称されている。
内外ともに暗い雰囲気。
誰と話すこともなく、話しかけられても抑揚のない返事しか帰ってこない。
見えない瞳の在処は、対面する人間に恐怖すら与えた。
関わりを拒絶したような千歳と進んで親密になろうとする人間は存在しないに等しい。

ハルキを除いて。


「千歳さん!」

千歳と机を挟むようにして真正面にハルキは屈む。
明るく呼び掛けた彼に、しかし千歳はピクリと体を揺らしただけだった。
それも気にせずにこにこと笑いながらハルキは机上に腕をのせる。

「な、一緒に昼飯食べよう!てか、オレここで食べていい?」
「………」
「別に机は使わないからさ!あ!なんならちょっと机から離れて座るし…ダメかな?」

組んだ腕に顎を乗せ、さらに笑みを深めて彼女を見つめるハルキ。
それでも千歳は一言も発しない。微かに揺れる前髪がまるで彼を拒んでいるようだった。

なのにハルキは机から少し離れるとその場にどっしりと座り込み、持ってきていた弁当の包みを広げ出す。
見ていた周りが呆れたようにため息を吐いた。
それを聞いてから、千歳ものろのろと自らの昼食を机の上に広げた。

食べている間もハルキは千歳に声をかける。
相手にされていないのは明らかなのに、彼は終始にこにこと嬉しそうに笑ったままだった。

完全に目を覆っているように見える前髪の隙間から彼の様子を見て、千歳は本当に小さく息を吐いた。
その一瞬、ハルキの瞳がゆらりと歪んだことは、誰も知らない。


+++

どうして話しかけてくるんだろう。

毎日そればかり思う。


告白はただのからかいだと思った。
だからその日はすぐに逃げた。笑われたくなかったから。
なのに、次の日から彼に暇があれば話しかけられた。
そこで初めて、彼の名前を知った。

ハルキという少年の名前だけは一年の頃から知ってはいた。
とても珍しい、半竜人の男の子だと耳にしていた。
だけど顔は知らない。そんな名前の男子生徒が同じ学年にいる。
それしか知らなかった。
それだけの存在だった人に毎日声をかけられることは、ただただ理解しがたいとしか言えない。

なんで私なんだろう。


彼は友人が多い。
しかも、見ていれば女子から声をかけられることが圧倒的に多いのが分かった。
多分、一般的にはかっこいいと言える顔だから人気があるんだろう。
そんな人が陰気な自分に構う意味がわからない。


構わないでほしい。

私は空気でいたい。
誰にも気にされない空気。


だけどハルキくんはそれを許してくれない。

私を見て、私に笑いかけてくれる顔が脳裏に焼き付く。


話しかけられると頭が痛い。
薬を飲んでも治らない。

だからやめてよ。


心の奥で願ったら、またハルキくんは綺麗な笑顔で笑った。

頭が痛い。


+++

昔、母さんから父さんとの馴れ初めを聞いたことがある。
電撃なんてもんじゃない。知り合ってその日に結ばれたとか。
“竜人の恋”とは全てそういうものらしい。
一生を過ごすパートナーを直感で悟り、愛し合うそうだ。

父さんは竜人のコロニーで生活してるからたまにしか出会えないけど、未だに母さんとのラブラブぶりは凄まじい。
それが竜人という種族には当たり前だって、言ってた。
半信半疑だったけど、いざ自分がその立場になったら、納得せざる得なかった。

千歳に惚れてから一週間、正直脈がないという状態がここまで辛いとは思いもしなかった。
無視され、シカトされ、スルーされる毎日。

でもめげずに声をかけた。笑いかけた。
傍に居ようとしがみついた。

どうしてこんなに千歳に執着しているのか、実は自分でも分かってない。
ただ、千歳を見ているといてもたってもいられなくなる。

声を聞きたい。
顔を見たい。
触りたい。
抱き締めたい。
キスしたい。
もうなんていうか、やれることやりたい。

浅ましい願望が胸を占めて、叶うことなら実現してくれと思ってしまう。

とにかく千歳が好きになっていた。
竜人の性、何て恐ろしいんだろう。

そんなことを思いながら今日も話しかける。
周りが何を言おうと聞かないフリ。オレの目には千歳しか写らない。


千歳が好きだ。

そこに理由も根拠もない。
とにかく好きだ。
好きで好きで堪らない。
好きすぎて胸が苦しい。
今すぐ好きだって叫びたい。
日を重ねるにつれどんどん好きが募っていく。

千歳。

いっそ強引になんて考え始めてるオレは末期か。
とにかく千歳とイチャイチャしたい。
千歳と結婚したい。
千歳が欲しい。

今すぐには無理でも、せめて友達になりたい。
君の声が聞きたい。
君の顔を見てみたい。

振り向いてくれよ。



++++++
長らく、ある版権のパラレルであっためてたネタの番外。パラレルは竜人コロニー側でやってました。
あっためてた分ごちゃごちゃしてます。切れが悪い。
レギュラー入りするわけではないけど、お気に入りではあります。一途両思いおいしい。
以下、無駄に長い設定。

“竜人”
圧倒的な腕力と魔力をもつ種族。基本は人間と同じ外見で、鱗、羽、尾は肌の下に収納している。
肉食。しかし、全体的に性格はおおらかな個体が多い。
一個体一属性を持つ。魔力は生まれつき量が決まっており、努力しても僅かしか増やせない。
社会貢献(労働)、義務教育を受けることで各々に食料が配布される。基本通貨は使われない。娯楽費なんかも必要なし。言ってしまえば社会主義。
学習過程は人間と一緒。ただし高校まで義務教育。
成人は18歳だが、結婚は中学卒業したらできる。
つがいのいない竜人は異性を惹き付けるフェロモンを出している。フェロモンは年が若いほど効力が強い。またこれは人間にも有効。ただし効果に差がある。
このフェロモンの波長が合うもの同士がつがいになると言われている。つがいができるとフェロモンは自然とパートナー以外に効果のないものになる。
ちなみにパートナーを亡くすとまた異性を惹き付けるものに変化する。
一夫一妻制は法律ではなく、竜人の根本からきているもの。どの竜人もパートナーしかとにかく目に写らなくなる。浮気性もいるが、必ずパートナーの元に帰ってくることが実証されている。
竜人が人間とつがいになるとその子は強い力を持って生まれる傾向がある。そのため、優秀な学生には人をつがいに選ぶ選択肢が与えられる。ただしあくまでも本人の意思尊重。
もし人間とつがいになると、その人間は竜人のコロニーで暮らすことになる。ただし例外もある。
竜人のコロニーで通貨が使われるのは、このような人間が肉以外の食料を入手するとき。
基本人間は竜人の扶養に入るため、肉だけは支給を保証される。また、労働・学習成績に合わせて通貨が支給される仕組みになっている。
恋に落ちたらそれが異性以外でもつがいになったりすることがある。同姓がよくある例だが、個体によっては無機物をつがいに選ぶものもいる。その為人であろうが物だろうが、何をつがいに選んでも結婚が可能。
ただし、人間とだけは子を作れる相手でないとつがいには選ばない。

“半竜人”
稀に生まれる竜人の性質を持った人間。
竜人に比べれば全てが劣るが、人間にすれば腕力は平均以上である。魔力だけは個体によってあったりなかったり(※文中のハルキは魔力皆無)。
ただしフェロモンは竜人と同様に出てるため異性を惹き付けやすい。
そして直感でパートナーを決める(というより悟る)。

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