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葡萄の粒


「ジュース飲む?」

カランカランっと気味の良い音をグラスの氷が奏でる。
珍しいこともあるなと思いながらリグゼートは「飲む」と返事をした。


「はい、ドウゾ」


コトン、とリグゼートの近くにグラスを置いてウェントが笑う。並々と注がれた液体は濃い紫色。

「グレープ?」
「葡萄は嫌いだった?」
「別に」

否定を示すようにジュースを口に運ぶ。氷で冷やされたそれはサッパリとした甘味と酸っぱさで美味しかった。


「今さ、」

ずい、とウェントが前触れもなく顔を近づけてきて危うくむせかけた。何だよと睨むと、指でついと首筋を撫でられた。

「今リグが飲んだ分の葡萄ジュースは、元に戻すと何粒分なんだろうね?」

「・・・なんだよ急に」
「なんとなく思い付いただけだよ。このグラス一杯は、葡萄の粒になおせば一体何粒を搾ったものなのかな?」
「さぁ・・・?何十粒だろうな・・・。で?お前は何を言いたいわけ?」
「なんだろうね」

クスクスと愛らしい笑みを浮かべながら距離を積めてくるウェントに、リグゼートは困惑した。

ウェントは掴めない奴だ。

普段はにこやかに笑いながら、然り気無く人を近づかせない雰囲気を出している。それは実の両親であっても。
けれど、たまに・・・なんの前触れもなくこうして向こうから近づいてくる。それも必要以上に。

なんとなく、猫に似た距離の取り方だがコイツにそう形容するのは似合わない。でも、形容できないのは得体が知れなくて気持ち悪い。
だからリグゼートは勝手にウェントを「気紛れな寂しがり屋」と心の中で呼んでいる。

だがしかし
だがしかしだ。

本日のウェントはどうも気が昂っているようで、いつも以上に近づいてくる。
リグゼートが座る椅子が重みによりギッと悲鳴をあげた。


「果実ってさ、一粒一粒が子孫を残すための“命”だよね」

「それを人は何の気兼ねもなく磨り潰すんだから残酷だよね」

「ねぇ?この僅かなジュースのために奪われた“命”は一体幾つあるのかなぁ?」


笑みと、侮蔑と、よくわからない何かを含んだ言葉が、吐息が、肌にかかる。
トクトクと響いてくるのは自分のものか、相手のものか判断できない。

できないけど。


「ねぇリグ?」

どこか妖しい雰囲気を醸し出しながら笑うウェントにリグゼートは・・・。







「っちっかいわボケっ!!」
「ぐひゅっ!!」

リグゼートは力加減なしの蹴りを、その無防備な腹に向けて一発かました。無論油断していたウェントはもろにくらい、悲鳴と共に床に転がる。

「ぁ・・・ぐ・・・く、クリーンヒット・・・・・・」
「当たり前だバカ!いかにも気が沈みますよな雰囲気で後味の悪い話しやがって!!飲めないじゃん!飲む気起きなくなっちゃったじゃん!バカバカバカ!!」

ウェントを睨んでから未だ半分ほど残るグラスの中身を見る。意思のないはずのそれから、怨念やら恨み辛みが放たれているような気がして、もう口に含めそうもない。

「あああ・・・まだ全然残ってるのに・・・このアホンダラウェント!責任とってお前が飲めよな!」
「えぇ〜・・・折角リグのために注いだのに?」
「だったらあんな話するな!!」

顔が熱くなるくらい自分が怒っているのがよくわかる。目の前でヘラヘラしてる友人が憎たらしくてたまらない。


「・・・まぁ勿体無いから飲むけどぉ」

渋々言いながら、けれどあんな話をした本人は何の躊躇もなくジュースを一口で飲み干す。そしてグラスを置いてから「あ、」と呟いてまたヘラリと笑った。

「あはは。よくよく考えたらコレ、リグが使った後だから間接キスになっちゃったねぇ」

まさに余計な一言。

天使の如く邪気のない笑顔を浮かべるウェントの顔面が、握り拳で吹き飛ばされたのは約一秒後のことだった。



++++++
一時間の空き時間に母にネタを求めたら目につくものを片端から言われ、その中の「葡萄」を頂いて書いたもの。

然り気無く続きがあったり



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