ライン

取り消し屋


ガツンッ!


部屋に響く鈍い音。じーんと頭のてっぺんから全身に伝わる痛みで、私はその場にうずくまった。
頭を擦って痛みをまぎらわす。脇を見れば凶悪な小瓶が転がっていた。今回はアイツにやられたらしい。

今日一日だけで私の頭の脳細胞は同じ事故で何百も死んでいる。しかも本日は不運なことに固い物が多い。
昨日は柔らかい人形類いが多かった分というやつか。実に不必要な平等さだ。


「いつか私の頭はへこむ・・・!」
「人間の頭蓋骨は頑丈だからいくつも衝撃を受けたとこで変形はしないよ」


そんな現実を言ってくる輩を私はキッと睨み付ける。

クスクスと愛らしい顔で笑うのは中学生くらいの少年。着ているのは一見、どこかの制服にも見えるが、よくよく見れば似た体をしただけのものだと分かる。しかもアレにはバリエーションがあって、昨日は分かりづらいチェック柄が、本日は細く白いラインがついている。
毎日、毎日、あの地味にバリエーションがある制服もどきばかりで、普通の服を着ているところは見たことない。何を着ても似合いそうな素敵な容姿なのに、なんとも勿体無いと私は思う。


「にしても、小瓶は痛かったねー。いくら“不幸体質”だからって同情するよ」
「同情するなら消してくれ!って私は何回頼んだ?」


いつも通りの流れで私がそう言えば、彼は万人を蕩けさせるような甘えた笑顔を浮かべてこう言うのだ。


「じゃあおねーさん“僕とにゃんにゃんしようよ”」



「・・・・・・」

可愛い顔でそんなドン引きワードを漏らす少年から距離を取る。
本当に、どうして神様は二物を与えないんだろう?あんな天使顔負けの可愛い男の子なのに、頭が残念だなんて。


「失礼なこと考えてない?」
「考えてるよ。思いっきり残念だなって」
「ひっでー・・・」


ぷぅと顔を膨らませる姿は美少女に引けをとらない可愛さなのに。真に残念すぎる。


「それだからおねーさんはいつまでも“不幸体質”が治らないんだよ?」
「治すために私に貞操を犠牲にしろっていうの!」
「だってそれが“お代”なんだから」


にっこりと笑って商売吹っ掛けてくる少年から更に距離を取る。が、途中でもふんとした感触に阻まれ後ろを向いた。


「・・・ご主人様がえっちです」


ポツンと抑揚のない声で言ったのは毛布の塊・・・もとい、四六時中毛布にくるまった子供だ。こちらは見た目小学校高学年、名前はリビ。少年同様素敵な容姿の子なのだが、まるでフードを被るごとく毛布で顔をおおっているため印象は薄い。

ちなみに、この子の性別は正確には不明だというのが“ご主人様”と呼ばれる少年のお言葉。私は女の子だと信じている・・・だって可愛いし。


「『えっちです』なんて今更だねぇリビ。僕は何回も言ったでしょ?『男の子はみんなえっち』なんだよー」
「小さい子にそんなこと言わんでよろしい!」


てい!と投げたのは先ほど私に不運をもたらした小瓶。まあ、簡単に受け止められたけど。
その小瓶をちらちらふりながらこちらに近づいてくる少年。彼から逃げるようにリビちゃんを抱き締めた。その抱き締められた当人は何も気にすることなく言葉を続ける。


「でもご主人様。女性は平均して“下ネタを嫌う”傾向を持つ人が多いです。“依頼人”にその態度でいいのですか?」
「大丈夫。おねーさんは耐性あるから」
「はあ?!何で私そんなキャラになってるのよ!」
「えぇー?だっておねーさん、初めて会った時僕がおっぱい触っても平然と・・・」


ゴン!!


全力の拳と頭がぶつかった音に初めてリビちゃんの表情が動く。


「・・・いってー。酷いよおねーさん」
「っさい!!!何思い出させてんのよ!!」
「忘れたかったの?でも僕の手のひらには残ってるよー、おねーさんのおっp「何回頭を殴れば忘れるかしら?」

「まぁ落ち着いてよ。“見た”とかならまだしも、体に残った“感触”の記憶は頭を殴っても消えないよ?」


拳を固める私に珍しく焦った表情で少年は宥めてくる。それから平謝りを五十回ほどしたところで私は一応怒りをおさめた。


「・・・大体、見返りがそういう事なんて商売聞いたことないわ」
「だ・か・ら、“代金”は場合で変わるって言ったでしょー?おねーさんはその条件だけど、人によっては“代金”はお金の時も、物の時もあるんだよ」


まるで言い聞かせるような口調に少しだけムッてなる。年下の少年に説明を受けるJK。すごく決まらない。


「だからおねーさん僕にお仕事させてよ。ねぇ“僕とにゃんにゃんしよう”?」
「しないっ!!」


ガッと言い返した瞬間、勢い余って腕を壁に思いきり打ち付けてしまった。あまりの痛さにのたうち回る。
少年はまたくすくすと可愛く笑った。


「また痛いねー・・・本当に難儀な“不幸体質”。だから早く僕に心を開いて消しちゃおうよ?
僕は“取り消し屋”。あなたの要らないものを全部“取り消して”あげるよ」

- 253 -


[*前] | [次#]
ページ:





戻る







ライン
メインに戻る