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音盤の歌姫


それは誰もが知らない、俺だけの“歌姫”。





ガラクタばかりを詰め込んだ屋根裏部屋。
中学生の俺はそこで「宝探し」と称して物を漁っては遊んでいた。

そんなある日、見つけたのは古ぼけた音盤。

じいちゃんの物かと尋ねれば、じいちゃんより前の世代の誰かの物らしい。
俺は興味本意でその中身を聞いてみた。






閉じ込められていたのは、とても美しい歌声だった。






レトロな雰囲気に溢れた曲調に詞、古ぼけて掠れた音楽。
そんな中で、その歌声だけは時代の劣化を感じさせず、ただ澄みきった美しい音を奏でていた。
若々しく、初々しく、艶やかで、伸びやかで、明るい、少女の歌声。


嗚呼きっと、その時にはもう心を奪われていた。

音盤に記された。
曲名は「―――――」





その曲名から歌い手の少女を調べた。
昔日の歌姫。ネット上にあったのはセピア色の画像が一枚と、少女の人生の記録。

愛らしい容姿の歌姫。彼女は名が広がってすぐ殺されたらしい。
犯人は彼女のファンだとか、嫉妬した誰かとか曖昧なことしか書かれていない。

けれど、彼女が「殺された」。それは有力な情報であるらしい。




古ぼけた音を録音して、プレーヤーの中に保存した。
音質は酷いものだけど、歌声だけは澄みきっている。
セピアの画像も一緒に容れて、その歌声はイヤホンから耳へ、脳へ溶け込む。


中学の友達は誰も知らない。
親しい家族も誰も知らない。
周りの人間誰もが知らない、歌姫。

何度も何度も再生した。
色褪せぬ歌声。心震わせるその音色は何度聞いても綺麗で、全身に歌が沁みわたるようだ。

高校に進学してもそれは変わらない、暇さえあれば画像を見つめながら彼女の歌を聴いた。

ただ若い娘が入れ替わり騒ぐ現代のアイドルなど足元にも及ばない、至高の歌姫。




嗚呼、何故彼女を誰も知らないのだろう?


こんなに美しいのに。
こんなに綺麗なのに。
こんなに素晴らしいのに。
こんなに純粋なのに。
こんなに感動するのに。

誰も知らない。誰も知らない。



だからといって、教えてやる気は毛頭ない。
それはまるで、恋人を自らにのみ縛りつけたいような気持ちにも似た独占欲。

誰も知らない。

誰も知らない歌声。

誰も知らない歌姫。

誰も知らない少女。

俺しか知らない。

俺しか知らない、俺だけの歌姫。



もし、今この場に彼女が存在していれば、俺は一瞬にして恋に落ちるだろう。
まさしく俺は彼女の虜。
俺だけの、誰も知らない歌姫。





今日もプレーヤーの再生ボタンを押す。
耳を通り抜けていくのは朽ちることのない、永久の歌声。
誰一人残さず存在を忘れてしまった悲劇の歌姫。

嗚呼、まだまだその声を響かせて。
たった一人、俺だけの歌姫様。


今はもう、俺しか聴いていないけど、貴女の歌はどうしようもなく俺の心を動かすから。












もういない彼女を独り占めする、子供じみた少年の話。

それでも人は恋と呼ぶ。





++++++
久しぶりにまとまったネタが浮かんだので書いてみた。
最初は「爆発的に売れたアイドルだったけど狂ったファンに殺されてしまい、時代の波に忘れられた少女」みたいなのが幽霊になったという話でした。
それがちょろっと進路変更してこうなった。もしその少女が幽霊になって少年に会っても、コレ確実に悲恋話で終わるなあ。

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