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不遇の和子を孕んだ姫君



北と南に二つの大きな国がありました。
両国には一人ずつ王子がおり、二人の歳も同じで、機会があればよく遊んでおりました。

そんな二つの国に挟まれて、一つ小さな国がありました。
どちらにも中立なその国には、とても愛らしい姫君がいました。

二国の王子はどちらも姫が大好きで、三人、もしくはどちらかが二人で姫と遊ぶことがありました。
そんな二人の王子のことは姫も大好きで、ずっとずっとそんな時間が続くと信じておりました。






時が流れ。

二国の王子は青年となり、互いに妃を迎える歳となりました。



王子はどちらも、小国の姫に求婚しました。


姫は困りました。


なにしろ、小国は二つの大国と中立の立場でしたから、どちらかをとればもう片方との縁が悪化してしまうかもしれないのです。
それに姫はどちらの王子も同じくらい好きでした。

だから姫は答えを出せなくて、仲が良かった二人の王子は互いにいがみ合うようになり、三つの国のバランスが少しずつ崩れ出しました。



そして、全ての悲劇は訪れて。




ある日、小国の姫君が和子を身籠りました。
しかし、姫も、誰も彼も、その和子の父親が誰かわかりませんでした。
姫には何の心当たりもなかったのです。


ある者は言いました。
『お腹の子は神が授けし御子である。だから父親はいないのだ』と。

ある者は言いました。
『お腹の子は北の王子の和子である。姫は北の王子に嫁ぐべきだ』と

ある者は言いました。
『お腹の子は南の王子の和子である。姫は南の王子に嫁ぐべきだ』と


人と人が和子のことで主張と主張をぶつけ合いました。
それは言葉から怒声へ。怒声から権力へ。権力から武力へ。武力から抗争へと変わりました。


姫は嘆きました。

自らのいたらなさが招いた争いを。

永遠に平和が続くと盲信した世界を。

国を巻き込んでいがみ合うかつての友の姿を。

そして、自らの元に宿ってしまったがばかりに、争いの種となり、誰からも望まれぬ存在となった我が子のことを。




―ごめんなさい―


それは世界に向けて。



―ごめんなさい―


それは愛する自国に向けて。



―ごめんなさい―


それは愛した二人の王子に向けて。



―ごめんなさい―


それは祝福を受けられない我が子に向けて。




―ごめんなさい。悪いのは私です。
―ごめんなさい。全ての元凶は私です。
―ごめんなさい。平和を壊したのは私です。
―ごめんなさい。罪深いのは私です。
―ごめんなさい。二人の仲を引き裂いたのは私。
―ごめんなさい。貴女を愛せないのは私。
―ごめんなさい。貴方を身籠ったのは私。


―ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい・・・愛してあげられなくて、幸せを与えられなくてごめんなさい。
―罪深き母は、私です。
―唯一の人を選ぶことの出来なかった愚かな母は、私なのです。




「ごめんなさい・・・!」









戦に呑まれた小さな国。
二人の王子が辿り着いた城。
争いながら入り込んだ城の中。

嗚呼その城には、誰の姿もない。


姫の姿はない。



あったのは姫の寝室に置かれた一枚の紙。

封もなく、無造作に置かれた手紙。


文面にはたったの一言。
そして、二人の王子が愛した愛しきその名前が小さく記されていた。





『世界の皆様、ごめんなさい
Luno=Alco=Fonto』




滅亡したのは非力な小国。
国王は戦時最中に病死。
ただ一人、王家の血を継ぐ姫君はその行方をくらまし。

その後、その国の王の血を引く者を知る者はいない。


戦が終わった国々の王子は、それぞれに別の妃をめとり、それぞれに第一子は姫を授かった。
未だ、どちらにも王子は生まれていない。

戦禍の火種は未だ残っている。

悲劇の連鎖は途切れていない。




嗚呼、いと美しき姫よ。
その名に『月』を冠した麗しの姫よ。
貴女は誰の子を宿し、貴女は誰の子を産もうとしていたのか?

答えを知る者はこの世に無く。
応えを説く者はあの世にも無い。

人々は彼女をこう称した。



『不遇の和子を孕んだ、嘆きの君』と。





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いきなり頭に浮かんで書いたもの。
読み返すとまあ面倒な設定なお話だ。

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