孤独の解放
「んで?てめぇは何時までそこに居座るんだ?」
「・・・・・・」
これで三日目だ。
見慣れぬ少年が俺の家の前に背中を向けて座り込むこと、三日目。
「言っとくが米の一粒だって俺は恵まねぇぞ?」
「・・・食うものはある」
ヒラヒラと携帯食料を見せる奴。だが視線はこちらに向けられない。向けられているのは背中だけ。
なぜこうなったのか?
多分きっかけは三日前。たまたま村まで出てきた俺と奴がぶつかった。
その時何故かじじの呪いのペンダントと、奴のチョーカーがまるで魔法みたいに光りだして。驚いた俺は、とにかく得体の知れない奴から距離をとろうと家に走った。
・・・その間につけられた気配はないはずだった。
はずだったのに気づいたら奴は家の前に背中を向けて座り込んでいた。
そうして三日。
いい加減目障りだ。
だが奴はとにかく微動だにしない。
真っ先に(大人もKOさせる自信のある)蹴りをかましたら、なんと蹴られたにも関わらず奴はぴくりとも動かなかった。
その後何回も蹴ったが、十回を超えたところで鬱陶しそうに払われて俺は攻撃を断念した。
得体の知れない奴は本当に得体が知れなかった。
しかし三日も家の前に居られるといかに狭量の広い人間でも頭にくる。
「お前さ・・・本当になんな訳?何がしたいんだ?」
「・・・・・・俺はお前と話がしたい」
「はぁ?」
「・・・それだけだ」
嗚呼、何をほざきやがるんだコイツは。
俺と話がしたいって?物好きか、それとも変人なのか。どっちにしろまともな奴ではないんだろう。
それにしたって・・・。
「理由は理解したくないが理解してやる。だが俺は礼儀のなってねぇろくでなしと話なんかお断りだ」
「・・・・・・礼儀?・・・具体的には何だ?」
「・・・はぁ、例えばだなぁ・・・話すときは人の顔を見るとかだなぁ・・・」
「・・・見ればいいのか」
そう納得したように呟くと奴はあっさりとこちらに振り向いた。
最初、気だるそうな表情に赤みがかった暗い茶色の髪が手伝って、寝暗そうだという第一印象を抱いたが、その目を見た瞬間そのイメージは消えた。
橙色に光る双眸。
気に入らないことにその色は俺の髪と同じ色だった。
ふと、ばぁの言葉を思い出す。
『母さんはねぇ、琥珀の名前をお前の髪の色からつけたんだよ?』
つまり、奴の瞳はこうとも形容できる。
琥珀色。
・・・何だかムカついた。
偶然とはいえ・・・ムカつく。
「まぁ顔は見せたわけだし・・・」
「・・・話を聞かせてくれるか?」
「ふざけろ。それに名前は?どっからきた?なんの目的で?」
「・・・名前というのは普通そちらが先に名乗るものだろう」
「はぁ?てめぇはレディに名前を先に言えってか?」
「・・・レディは自分を“俺”とは言わんだろう」
ぐぬ・・・いちいちムカつく奴め。
しかし自分がこうやって他人と話すなんて実に何年ぶりだろう。
不本意ながら、多少の興味を俺はこの男に抱いたらしい。
『話くらいなら・・・何もないだろうしな』
うんうんと自分に言い聞かして、本当に不本意だが俺は奴より先に折れてやることにした。そう、俺は大人だからな、折れてやるよ。
「仕方ねぇなぁ・・・一応言うこと聞いてくれたんだし話だけなら許してやるよ。とりあえず立ち話もなんだし・・・入れよ」
「・・・・・・」
無言で立ち上がると奴は無言のまま家に上がった。
とことん礼儀のなってない奴だ。おまけに結構ヒョロっとしてるくせに身長が僅かながら俺よりも高い。
ムカつく・・・そう思いながら俺は後ろ手で扉を閉める。
そういえば誰かを家にあげるだなんて初めてだと閉めてから気がついた。
話の始めに、男は「翡翠」と名乗った。
この「翡翠」との腐れ縁が始まったこの日、いつの間にか俺は“独り”でなくなっていたことに気づくのはもっと後の話。
++++++
翡琥出会い話。
それにしても三日も家の前に居座るなんて翡翠さん迷惑な子だ。
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