ライン

二つの片割れ




“オリファニト・ドーリア”


与えられていた名を知ったのは、それから数日後の話。


“マスター”


二基・・・いや、二体からその名称を受け取ったのはそれから数日後の話。






「さぁ!御覧いただきましょう!」

耳障りな音が耳と言う名称の器官を流れて入ってくると同時に、漆黒の世界が閃光に照らされる。

『おぉ・・・!』
『これが・・・!』
『・・・紛い物の成功がついに!』


ざわりざわりと音がさざめきうねると共に、閃光に塗り潰されていた眼の機能が戻ってくる。


鋼の円柱に囲われた人間が此方を見下ろしている。
いや・・・囲まれているのは此方の方か。


可笑しく歪んだ顔がひぃ、ふぅ、みぃ・・・。
交わされる音がざわ、ざわ、ざわり・・・。


『これは讃えられるべき傑作だ・・・』
『古に伝わるカラクリ人形など塵に等しい・・・』
『・・・神を凌駕・・・嗚呼、なんと素晴らしいこの響き』



五月蝿いな



そんな苛立ちの感情が頭を過ったとき、目下の塊がふるりと怯えた。


「・・・――――、――」
「―――・・・」

一言、二言。
言語の外の言葉で塊―正確には片割れと意思を交わす。

膝にすっぽり収まる小さな肢体の片割れは此方に向けられる奇異の視線に堪えられないと愚図りだした。

暫くして真白だった灯りが再び漆黒に染まる。

片割れは震える腕を伸ばしてきた。
だから震える身体を抱き締めてやった。




閉塞された檻。

それが小さな限られた世界を形容するに相応しい名。

時間の流れから切り離された此処で、片割れと共に生まれ、片割れと共に呼吸を繰り返す。

現在も膝に乗り、頭を傾けて寄り添ってくる片割れ。

揺らめく頭髪も、白く透き通った肌も、淡く鈍く光る薄紅の瞳も。
片割れと鏡写し。同じ配色。

違うのは初期設定の身体年齢と生物学的性別。

片割れは幼い雌だ。



肌を覆う黒い生地を纏った指を触れ合わせることだけが、狭い世界で唯一の戯れだった。

とくり、とくりと体伝いに感じる心音。同じ速さの鼓動。



“生きている”という確かな確信など持っていなかった。
唯呼吸を、空気を取り入れ内部の不要分を吐き出すその繰り返しをしているだけ。
唯それだけだった。

そのはずだった。





『――――!』

鋭い音。
白い衣を着た人間が幾本もの手を伸ばしてくる。
襟に、腕に、体に、片割れに。


離された。


それでも聞こえるとくり、とくりと。


閉塞された檻の外。

とくり。とくり。

片割れは檻の中。

とくり。とくり。

鈍く白を跳ね返す鋼。

とくり。とくり。

薄紅の瞳が―とくり。とくり。―見る。細く白い―とくり。とくり。―腕が此方に伸び―とくり。とくり。―て。腕を伸ばして―とくり。とくり。―鋼が高く、高く上―とくり。とくり。―がって「神は複数―とくり。とくり。―もいら―とくり。とくり―ない、―とくり。とくり。―さぁ処―とくり。とくり。―分せよ」―とくり。とくり。―振り―とくり。とくり。―下ろ―とくり。とくり。―さ―とくり。とくり。―れ―とくり。とくり。とくり。とく――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――・・・。



鼓動が、止んだ。


呼吸を始めてから、止まることのなかった響きを無くした違和感。

今までいた閉塞された檻の真っ白だった六つの平面が赤黒く染まった衝撃。



「・・・――――?」



痙攣を起こしている喉を震わせて言語の外の言葉を投げ掛ける。
答えが返ってこない。
どうして?どうして?どうして?どうして?


細く白い腕。華奢で小さい手。動かない。

乱れた頭髪、赤い肌、濁った瞳。鏡写し?鏡写しじゃない。嗚呼、もう鏡写しじゃない。



生きている音が消えた。
当たり前に感じていた生の鼓動。
当然すぎて気づきもしなかった生きている確信。


そうか、これが。




“生”と“死”の違い―――・・・。






片割れは死んだ。
片割れは生きている。

不完全な個。不自然な存在。半分だけの命。



あれから何日もたった。

肌で感じる時間の流転。
繰り返す昼と夜。代わり行く日々。

“マスター”という存在の名称。

“オリファニト”という個の名称。



生を肯定された不完全な一人の“人間”。
“オリファニト・ドーリア”
あの日死んだ片割れの片割れ。




「・・・そこに在る。だから・・・目指すぞ・・・其処を。
“樹”の根本を」

「「はい、マスター」」



あの日喪った片割れよ。

嗚呼、君の真名はなんというのだろう?




++++++
設定な訳ではないのですが、自分の中でオルトは「俺」とか「自分」といった自らを指す言葉を使わない決まりがあります。
そのためとても書きづらかった・・・むむむ。

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