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祷りと烙印



「・・・っ・・・あ、ぐ・・・・・・っ・・・!」


静寂に包まれた祷り場に響く苦悶の声。
その声の主たる緋色の髪をした少女は硝子色の床に膝をついた。


「・・・はっ、はぁっ・・・ぁ・・・ぁぐ・・・!」


冷や汗がまるで滝のように止めどなく全身から溢れぽたぽたと雫が床を濡らす。
何かに耐えるように自らの胸元、正確には衣服を掴むその華奢な指は生きているのかが疑えるほど真っ白になっていた。


誰が見ても弱り果てた姿の少女はしかしそれでもなお立ち上がろうともがく。


「・・・はっ・・・ぁ・・・・・・っぅ・・・・・・う。」


ガクガクと震える両足を叱咤して立ち上がり、痙攣する両腕を虚空に向けて差し出した。



「・・・O.EOKONIB.NAS.ONISATAW・・・(私の賛美の声を・・・)」


呟くように始まったのは世界を支えるための詩。
選ばれた者たちだけが紡ぎ出せる創世神を崇め讃える為の詩。


少女はその選ばれた一人であった。
だから少女には詩を唄う義務が課せられていた。

―しかし。


「―――――ッッッ!!」

再び少女は苦悶に体を捩り地に膝をつく。

それは烙印の証。

民に望まれない詩を奏でた者を襲う激痛。


荒い息を吐きながら痛みと恐怖に少女は自分の肩を抱く。

痛い、痛い、痛い、痛い痛い、痛い、痛い、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ――。





「・・・イリア?」


少女の呼吸しか聞こえない筈の空間に別の声が響く。
高過ぎず、低すぎない、中立の声音。

少女はその声の主をよく知っていた。だから少女は何も答えず唯自分の名前を呼ぶ声に耳を傾けた。


「・・・イリア。」

よく知ったそれは少年の声だ。
そっ、と柔らかさと無骨さを混ぜた手のひらが肩を抱く少女のその手に重ねられる。
いつもなら驚きと恥ずかしさで振り払ってしまうだろうその手のひらを、しかし振り払えず少女は手を通じて伝わる少年の体温を感じた。


「・・・また、無理に唄ったんだね・・・?」


こちらを気遣い案ずるように震える言葉。
背後の少年の姿は見えないはずなのに何故か容易に想像できてしまう今の少年の表情を頭に描いて少女は苦笑した。


「なに・・・言ってるの?その無理を強いているのは、あたしじゃなくて、皆の方じゃない。」


ぴくりと重ねられた手が震えた。
嗚呼、きっとまたこいつは傷付いたような顔をしてるんだわ。情けない。


少年の手を振り払い少女は再三立ち上がる。
そしてまた世界を支えるための詩を唄った。


「――――ぁっっ!」


また全身に走る痛み。
ぐらりと視界が傾いて体が床に向けて引っ張られる。


ふわり。


床に体を打ち付ける衝撃の代わりに柔らかく、温かい何かが少女の体を包み込んだ。


「・・・る、か。」


か細い声で少年の名を囁く。
うっすらと開いた目に映ったのは少女よりも苦しみに歪んだ白銀の髪を持つ少年の顔だった。


なんて顔してるの。


指で少年の頬をなぞる。
滑りのいい肌をつぅとなぞって指は重力に引かれるまま落ちた。



「・・・半分に別けよう。僕と君でひとつをふたつに。
烙印の悼みを和らげるために。」


そんな祝詞と共にぽぅと暖色の光に二人が包まれる。

少女の体から、完全ではないが少しずつ退いていく痛み。

けれど少女は知っている。その退いた痛みの往き場所を。


「やめて・・・!」


今にも泣き出しそうな小さな叫びを最後に少女の意識はぷつりと途切れる。

力を失った小さな体を少年は静かに抱き締めた。
胸を刺す痛みが、頭を締め付ける痛みが、全身を痛みという痛みが襲う。

けれど少年は知っていた。この痛み以上の悼みを少女が抱えていることを。常に苛まれ続けていることを。


「イリア・・・。」


汗で額に張り付いた少女の前髪を払う。
蒼白になった顔は大きすぎる苦しみを存分に物語っていた。

この少女の痛みを完全に拭うことの出来ないもどかしさに少年は更に強く、けれど壊れ物を扱うように少女を胸に抱く。



ずくりっ。


悲しみと苦しみの負を感じて、少年の奥底に眠る片割れが微かに疼いた。



++++++
いきなりポンと頭に出るままに書いたので色々意味が・・・。

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