JKに振り回されても鬼灯は冷徹 | ナノ


  私の欲しいもの



色鮮やかな着物ときらびやかな飾りのついた簪が視界いっぱいにあふれる。
衆合地獄にある花街は今日もにぎわっている。

普段熱くて血なまぐさい地獄の風景ばかり見ているのでまいにとっては何もかも新鮮で何もかも魅力的に映る。
おいしそうなお団子の匂い。客寄せの明るい声、綺麗な女達の姦しい声。
生前は当たり前だったこの空気にまいの心は高ぶった。

「うわぁ凄い!地獄じゃないみたいっ」
「うふふ、確かに地獄のイメージとはここいらは離れてるわよねぇ」

目を輝かせるまいの隣でお香が微笑む。

「鬼灯も一緒に来たらよかったのに…」
「そうねぇ、鬼灯さまはお仕事が多くて忙しい方だから」
「そう!アイツ仕事しすぎだよね」
「でも、鬼灯さまがああしてがんばって下さるから地獄全体のお仕事が円滑に進むのよ」

分かっている。
分かっているがまいにとってはじめての花街へのお出かけだというのに肝心の鬼灯は机の書類とにらめっこしている。
今、隣に彼がいてくれたのならもっともっと心からこの場所を楽しめたであろう。

「じゃあ、ちょっと仕事場のほうに行って来るわね。すぐに戻ってくるからまいちゃんはフラッと観光でもしててね。」

そういうとお香も衆合地獄に消えていった。
どうしてみんなそんなに働くんだろう!?

着物を見たりお団子を試食してみたり、まいは初めての花街を存分に楽しんだ。
その時、お店に飾ってある一本の簪にふと目が留まった。

「うわぁ可愛い」

朱色に塗られた本体と紅色の珊瑚の玉が綺麗に飾られた簪だった。
欲しい。と思ったのもつかの間、まい自身がお金を持っていないし大体獄卒の鬼達と違い現代人のまいは簪の使い方も使う機会も無かった。

その店を後にして特に当ても無くそばにあった腰掛に腰を下ろした。
すると後ろから

「お嬢さん、見慣れん顔じゃのお」

振り返るとカンカン帽のような帽子をかぶった男がにっこりとまいを見下ろしていた。
狐のように細い目なのにのほほんとした彼の人柄がにじみ出てまいに警戒心を抱かせなかった。

「そうなの、今日ここに初めてきたんだぁ」
「ほぉ〜、ここいらはおいしいもんも綺麗な着物もいい女もおってええ所じゃろう」
「いい女はわかんないけど、地獄じゃない見たいで楽しいっ」
「そりゃあよかった。お嬢さん名前は?」
「まいだよ。お兄さんは?」
「ワシはゴンちゃんじゃ。」

ゴンちゃんと名乗る男は両手で自分の頬を指差してにっこりと笑った。
その様子にまいも思わず吹き出した。
ゴンは気さくで話も上手く、まいも何度も手を叩いて笑い時間を忘れた。
「それでのぉ…」と話し始めた途中でゴンの口が止まった。
不思議に思い、彼が見つめる自分の後ろを見ると疲れが溜まって心なしかげっそりした鬼灯が立っていた。

「鬼灯っ!お仕事は?」
「今しがた終わりましたよ」
「なんじゃまいは鬼灯さまのお知り合いか」
「色々あって私が保護している転生待ちの亡者です。」

ほぉ〜とまじまじとまいを見つめるゴンの視界をさえぎるように鬼灯はまいの腕を引っ張る。

「さぁ帰りましょうか」
「あ、うん。ゴンちゃんバイバイ!」
「まいまたな。」

花街の中をまいの手を掴んだまま鬼灯は

「帰ってきたらどこにもいないからお香さんが心配してましたよ。」
「あぁ、ごめんっゴンちゃんとしゃべってたら楽しくて…」
「花街はどうでしたか?」
「すごい楽しかったっ!ここならまた来たい!」
「付き添いできずにすみません、予定がついたらまた行きましょうか」

思いがけず鬼灯の優しい言葉に逆に不安な気持ちになる。
いつもなら悪態のひとつはつこうものなのに…

「なに?急に優しくなって、気持ち悪い」
「人がせっかく気配りしているのに無粋な人ですね。」
「いやだっていつもはそんなこと言わないじゃん。『一人でも大丈夫なら次も一人で大丈夫ですね』とか言うでしょ」

その問いには答えずに立ち止まった鬼灯はくるりと振りかえってまいを腕の中に抱き寄せる。

「えっ!ちょっと、なにいきなり!!」
「…いちいちあわただしいですね。」

鬼灯は腕を放してまた先に進み始める。
頭に違和感を感じて頭にサッと手をやると髪留めのように何か棒が刺さっている。
どうやら先ほど鬼灯が留めてくれたものらしい
すぐそばのショーウインドウを見ると先ほど店先で目を奪われた珊瑚の玉の簪がまいの髪の中できらきらと輝いている。

「えっ!なんで、これ…!鬼灯ってばっ」

そういって先へ進む鬼灯の下へ駆け出す。

「なんでこれ欲しいって分かったの?」
「特に意味はありません、たまたまです」

ぶっきらぼうに答えてまた何事もなかったかのように歩き出す。
簪をいとおしげに撫でてまいもまた横に並んで閻魔殿に帰っていった。


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