こんな夜も悪くない。




バルコニーへの扉を開くと夜風が顔を撫でた。こんな時間にここへ来るのは俺だけだろうと思っていたが、意外にもそこには先客がいた。
しかしその後ろ姿は見覚えのあるものだったので躊躇うことなく隣に並び、声を掛ける。
「お前もここにいたのか、リン」
しかし隣からの返答はなかった。
「リン?」
もう一度呼び掛けてみる。
「あ、アイク。あなたも夜風に当たりにきたの?私も、目が覚めちゃって」
たった今気づいたかのような物言いにかなりの違和感を覚える。リン、どうかしたのか。そう言おうとした、その時。
「ここの風って気持ちいいのよ。わたしもよく眠れないとここに来てよく癒されてるの。月もよく見えるし、景色も綺麗だし」

俺の言葉を遮ったあと、リンはずっと喋りっぱなしだった。草原での暮らしや過去の旅の話。話は途切れなく続いた。まるで俺に何も言わせまいとするかのように。
「それから、えっと…」
「リン」
話が途切れた一瞬の隙を逃すまいと名前を呼ぶとはたりと声が止んだ。
「何があった」
その一言でリンの表情は分かりやすいくらいに固まった。
「な、なんのこと?」
「とぼけるな。お前が人の気配に気付かないなんて、よほどのことではないだろう」
「…っ!」
「やっぱり隠し事は出来ないわね…」
「……」
「ごめんなさい。あなたを騙すつもりはなかったの」
「構わん。お前がそうしなければならんほどのことがあったのだろう?」
「アイク…。ありがとう」
そう言ってリンは少しずつ話し始めた。
「夢を、みたの」
「夢…?」
「とある山賊団に私の部族…ロルカ族が襲われて、父と母が死んでしまう夢。部族はバラバラになって、私だけが残って…。私はずっとで誰もいない草原で一人で佇んでいて。一人で、寂しかっ…」
次第に嗚咽混じりになる声を聞いて、俺はようやく聞いてはならないことを聞いてしまったのだと自覚した。
「リン、もういい。聞いた俺が悪かった」
「違うわ、私が悪いの。ごめんなさい。もう泣かないって決めたのに」
俯いたまま顔をあげないリンを見て、俺は自分でも予想だにしない行動にでた。
腕を開き、リンを覆い隠すように抱き締める。
「…っアイク!?」
リンは驚いて振りほどこうとするが、離す気にはならなかった。
「リン、今だけは泣いていい」
「え…?」
言葉だけが、意思に反してとめどなく出てきた。
「誰も、見ていない。誰もお前を責めたりしない。泣くことで悲しみを受け入れられるならそれでいい。今はただ、受け入れればいい。」
「……!」

その後リンは、声を出さずに泣いていた。
どれだけの時間が経ったのかわからない。5分位だったかもしれないし1時間位だったかもしれない。
ふっと、リンの体が離れた。
「ありがとう、アイク。もう大丈夫よ。カッコ悪いところ見せちゃったわね」
そう言ったリンの顔は少し赤かった。
「俺も、すまん。嫌だったか?」
「そ、そんなことないわ!むしろ、その…嬉しかった」
「? すまん、もう一回いいか?」
むしろ、の後が聞こえなかったのでそう言ったのだが。
「なんでもない!」
こう言うと絶対に言ってくれないと知っていたので、問い詰めるのは止めた。

「アイク…」
「どうした?」
二人で景色を眺めていると消えそうな声でリンが声をかけてきた。
「あなたは、いなくならないよね?私の父さんと母さんみたいに」
「…当たり前だ。ずっと、側にいる」
「……」

少しキザだったか。そう思い何かを言おうと口を開きかけたが言葉が出ない。
ふと胸の当たりに衝撃がきた。抱きつかれているのだと気付くのに数秒かかった。

「ありがとう」

かなり小さい声だったが、今度ははっきりと聞こえた。


こんな夜も、悪くない。








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