コイゴコロゴロゴロ交差事情


自動販売機の前で考え事をするのはよくない。
あんまりにも長い間悩んでいたら他の邪魔になってしまうし、何より――

「……あっ」

 がこん、と商品が取り出し口に吐き出された音ではっとした。
そしてやっぱり考え事をするのはいけないことだと確信し、紙パックを取り出すとため息をつく。

 そう、今俺の手にあるのは買いたいものとは違う種類のもの。
考え事をしていれば当然とも言えることだ。そして何を考えていたのかは、手元の紙パックの色を見れば一目瞭然であり、いかに自分の頭の中を何が閉めているのかを思い知ると、ひっそり赤面した。






「珍しいな、それ」
「どれがですか?」
「天馬の飲んでるやつだよ、いちご牛乳だろ?」

 ちゅう、とストローの先を吸うと、いかにも「苺です!」と主張するくせにどこか人工的な、ひどく甘ったるい味が口の中に広がった。
今日のお弁当に甘いおかずが入っていなくて良かった。甘いものは好きだけど、苺ならこういうものよりも本物の方が好きだと改めて思う。

「霧野先輩も、今日はお茶じゃないんですね」
「ああ、朝買う時に間違えた」
「ええっ、先輩もですか!?」
「“も”ってことは、お前もなんだな」
「あっ」

 わざと話題を変えようとしたけれど、どうやらわかりやすすぎたらしい。隠したところをあっさりと当てられてしまった。
口に手を当てて塞いだところで言ってしまった言葉は消えない。完璧に手遅れだ。恐る恐る先輩にちらりと目を向ければとてもいい笑顔を浮かべていて、俺は冷や汗をかく。この顔をしているときの先輩はとてもいじわるだというのを最近になって嫌と言うほど思い知らされているので、つい逃げ腰になった。
でも、はじめは5センチくらいはあった距離がいつの間にか0になっていて、そのうえ肩に手をまわされていた。身を引くことすらできない。

「なーに隠してるんだよ」
「うう…霧野先輩、鋭いです」
「お前が何か隠したい時は、あからさまに話を逸らすしな」

 たいていは顔に書いてあるぞ、って先輩の指が俺の頬をつついてくる。俺はそんなにわかりやすいんだろうか。だとしたら俺の考えてることって霧野先輩に筒抜けなのかな、それってすごく恥ずかしいんじゃないか。どんどんと頬が熱くなっていく。今俺の顔はきっと真っ赤に違いない。

「言わないなら、ひとついいことを教えてやろう。知ってるか、天馬?」
「は、はい……?」

 何も言えずにいた俺に、先ほどと同じく輝かしいまでの笑みを浮かべて霧野先輩が問いかけてくる。

「そのいちご牛乳の色、どうやってできてるか」
「いっ…」

 ざぁっと血の気が引くのが自分でもわかった。さっきとは反対だ。慌てて首をぶんぶんと横に振って、めいいっぱい否定の意志を示す。ついでにさっきまでの頬の熱を冷ますつもりで、思いっきり。

「いいいい、いいです、いやです!!」
「なんだ、知ってるのか」
「この前、狩屋に」
「ちっ、先を越されたか。狩屋め…」

 なんでそんなに残念そうなんですか先輩。というか飲んでる最中に教えるつもりだったんですか先輩。さすがの狩屋だって飲んだあとで教えてくれたのに!

「だ、だって、そもそも霧野先輩が悪いんですよ!」
「俺が?」
「き、霧野先輩のこと考えてたら、間違えてボタン押しちゃったんです!」

 とうとう言ってしまった。
霧野先輩のことを考えていたら、なんとなく似ている色に引き寄せられて、気がついたら自販機のボタンを押してしまっていた。
それからずっと先輩のことが頭から離れなくて、どうしたらいいかわからないままで、授業も葵と信助の会話もろくに頭に入ってこなかった。

「へえ、じゃあそれも俺と同じだな」

 え、と目を丸くする俺の前で、先輩がココアの缶を振った。こげ茶色は確かに俺の髪の色にちょっとだけ似ていて、交互に先輩とその缶を見る。するとやわらかく微笑まれて、不意打ちにドキリと心臓が跳ねた。

「お前のこと考えてたらうっかり間違えた。なあ、せっかくだし一口交換しようぜ」

 手渡された缶のかわりに、俺もいちご牛乳のパックを差し出す。けれど先輩は受け取らず、そのままストローの先を銜えた。こくん、と飲み込む喉の動きがなんだか見てはいけないようなもののように思えて、また赤くなってしまったであろう頬を自覚しながら目をそらす。

「天馬は飲まないのか?」
「はっ、はいいい、いただきます!!」

 缶入りのココアのはほんのり苦くて、やっぱり秋ねえの作ってくれるココアの方がおいしいなあ、と僅かに現実逃避を始める。

「あー…意識はしない、か」
「え?」
「これ」

 先輩が苦笑いしながら俺に見せたのは、いつの間にか先輩の手に戻っていたココアの缶。

「それがどうかしたんですか?」
「今さっきしただろ? 間接キス」
「かん、せつ…キ…っ――!」

 言葉の意味を理解した瞬間、今までとは比べ物にならないくらいの恥ずかしさや照れなんかが入り混じって押し寄せて、体が勝手に先輩との距離をあけようとして動いた。それは霧野先輩にはお見通しだったようで、腕を掴まれてあっさり引き戻される。
距離はさっきよりももっとずっと縮まっていて、今は密着していると言ったらいいのか。もしかしなくてもこれ、抱き寄せられているんだろうか。
雷門の学生服が視界いっぱいに広がっていて、これが霧野先輩のだって思えば色々と考えていたことは吹き飛んで、

「せ、先輩」
「逃げるな」

 先輩の手が俺の頭を撫でた。愛おしいものを、慈しむみたいに。
どく、どく、と心拍数が上がっていく。「霧野先輩」と震える声で呼べば、ぴたりと手が止まった。
するとさっきまでの優しさはどこへやら、乱暴とも言える手つきで俺の髪をぐしゃぐしゃとかき乱す。

「ちょ、霧野先輩!? ただでさえぐるぐるなんですから、これ以上ぐしゃぐしゃにするのやめてくださいよー!」
「ははっ、俺のようなサラサラツヤツヤには程遠いな」
「……なにか特別なこと、してます?」
「いいや」
「それ、葵の前で言っちゃダメですよ……」

 きっと怒りますから。
そう言った俺の声はもう震えてはいなかった。直前まであった緊張なんてものはなくなっていて、むしろ大胆になったつもりで、先輩の胸に顔をうずめてみた。
小さく笑った先輩の吐息が耳元をくすぐり、背中に回った、俺を抱きしめる腕の力がつよくなる。

「天馬」

 そっと体を離した先輩の顔を見上げれば、頬をそっと撫でられた。キスしたいっていう合図だ。
一度頷き、目を瞑る。羽で撫でるように軽く先輩の唇が触れる。すぐに離れてしまうのが名残惜しい。


「ちょっと、かさついてるな」
「霧野先輩のがやわらかいだけですよ」
「そうか?」
「そう、です」

 もう一回、ねだるみたいに目を閉じた。すぐに唇は重なったけれど、こんどは深い口付けだった。
不慣れな俺はどんどん呼吸が奪われていくばかりで、ちゃんと陸地の上に居るはずなのに溺れてしまいそうだ。舌がこすれあうたびに、頭の中が痺れて思考がふわふわと飛んでいって、何も考えられなくなっていく。
苦しい、と感じたのは一瞬で、もう霧野先輩の唇は離れてしまっていた。やっぱり先輩には、俺の考えていることは筒抜けなんだ。

「あのさ、天馬」
「ふ、ぁ…は、はい」
「こういう時、俺のこと『霧野先輩』って呼ぶのをやめにしないか」
「へ?」
「……言いづらいことなんだが」
「はい」
「サッカーやってるときはまだ大丈夫だが、それ以外の時がヤバい」
「やば…え、やばい、ですか」
「お前のこういう声思い出して、お前のことしか考えられなくなるし、あえて露骨な表現を選んで言うなら――」
「選ばなくていいです!」
「まぁそういうことだから、ほら」

 ちゅ、と鼻筋にキスされて、完全に無防備だった俺はとびあがった。
それは十分すぎる威力で、俺の抵抗を打ち砕いていく。

「下の名前で、呼んで。知らない訳じゃないだろ」
「で、でも、霧野先輩」
「名前。呼べたらひとつ、天馬のお願い聞いてやるから。な?」
「……ら、」
「うん」
「らんまる、せんぱい」
「よく出来ました。ほら、してほしいことあるんだろ? 言ってみろよ」

 答えなんてきっとわかってるのに、わかってて言わせる先輩は、いじわるだ。言わないなんて選択は絶対にできない。

「もう一回、キスしたいです」
「了解」


 触れ合うだけのキスをしながら、頭の片隅で思う。
しばらくの間、ココアもいちご牛乳も、口にできそうにない。


 を蝶々結び
 (キスでしかほどけない魔法を)



※『蘭天Webアンソロジー』に提出した作品です。


Back


<<
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -