い組に揃うは、優秀な生徒
は組に揃うは、問題児
そして

ろ組に揃うは、「霊感」とやらが「強い」生徒たちばかり


「いっけいけどんどーーーん!!」


それは六年ろ組に属する七松小平太にも言えることだった。





















「ん?……またか。」


良い午後の日和。
昼休みに差し掛かり、午後から授業のない小平太は長次を鍛錬に誘おうと歩みを進めていた。
いつも通り、裏山で手合せでも…と巡らせていた思考は、視界の端に現れた“あるモノ”に遮られることになる。

学園の塀の向こう側に、ぼんやりとした影。
黒くもやもやとその場に留まる…赤子ほどの大きさだろうか。
その黒い影の濃淡がさほど濃くはなく、小平太は視線を逸らした。



小平太には、昔から“黒い靄のような影”が見えていた。



小さく、消えてしまいそうなほど淡い“モノ”から
とても大きく、向こう側が見えぬほどに濃い“モノ”まで。


“ソレ”が大きく、濃いほど危険だと理解したのはいつの頃だっただろうか。


何にせよ、この学園にはられている影堂先生の結界を抜けて来られないのならば、危険はない。
そう判断して、歩みを進めた。

あの黒い影は“霊”や人の“憎悪”、“怨念”が形になったものだと、小さいころ近くの寺の住職に教わった。
本来なら、その元となる人やそれ以外の形をしているらしいのだが…。

残念ながら自分の性質では、その“形”をハッキリとみることはできないようだった。

逆に、自分と同室である中在家長次は、その形をはっきりと見ることができるらしい。
薄く透けてはいるが、人であるならソレはちゃんと人の形を成しているのだとか。
ただ、自分とは違い、ソレが危険なものかどうかを判断する術はない、と言っていた。

そんなくだらないことを思い出しながら歩いていると…。

正面から走ってきたのは…三年生の次屋三之助。
いつものぼんやりとした表情と違い、少し強張ったその顔にフと違和感を覚える。

いつだって、あまり慌てることのない、慌てていても表情には出辛い委員会のマイペースな後輩。

一体、どうしたんだと、小平太はスッと片手をあげた。


「よう!三之助!」
「あ…七松先輩。」
「どうした?眉間に皺がよってるぞ!」


なはは!

と笑いながら、ぐりぐりと後輩の眉間を指でのばす。
すると、三之助はほんの少しばかり安堵したかのように、その表情を緩めた。


「七松先輩。…七松先輩は“ろ組”だから“視える”人ですよね?」
「ん?まぁ、一応な!」
「……金吾の…。」
「?」
「金吾と、喜三太の後ろに…何かいるんス。」


思わぬ名前に、目を見開いた。
金吾は委員会の一番下の後輩、喜三太はその同室だ。

その金吾と喜三太の後ろに何かいる?
結界が張られたこの忍術学園の中で?


「……確かか?」
「…だって、あんな“人”学園で見た事ないっス……足元、透けてたし。」


ボロボロの甲冑来た落ち武者が、二人の後をズルズルと着いて行った。
と、三之助は俯いた。

三之助も“ろ組”の一人、ヒトならざる者が見えていても可笑しくない。
しかも長次と同じで、ハッキリと見える部類らしい。
ただ、その言葉からするに、“悪いモノ”かの判断はつかないのだろう。


「…よし、行ってみるか!」
「…っス。」


さきほどよりかはマシだが、顔色が悪い。
そんな三之助を安心させるように、ポンポンと頭を撫でて走り出した。

…途中で、部屋にある塩と水を持っていくのを忘れずに。







・・・   ・・・







「あれっス。」
「……。」


金吾と喜三太を遠目に確認した際、小平太は思わず眉をしかめた。
その背には確かに黒い影がいる。
しかも…


それは小平太の背丈より一回りも大きく、向こう側が透けぬ程に濃い。


あれだけ大きく、濃いモノは久々に視たと目を細めた。
“ソレ”が恐ろしいモノだと感じ始めたのだろう、三之助がギュッと小平太の裾を握り締める。
その額に冷や汗が浮かび、表情も再び固いものに…。

そんな後輩の顔を見て、小平太はもう一度頭を撫でた。
見上げてきたその表情を緩めるように、笑いながら。


「大丈夫だ!長次いわく、私は“アレ”が苦手な気を発しているらしいからな!すぐに追い払ってやる。」
「…確かに、先輩の後ろにはもっとおっかないのがついてますけど。」
「!…三之助!お前守護霊というやつも視えるのか!」
「まぁ、普通はぼんやりとしか視えないですけど……。七松先輩のは“強い”から視えます。」


ニッと、気丈にも笑って見せる後輩に、更に笑みが浮かぶ。
なら、この後輩の期待に応えねば、と足を踏み出した。


「金吾!喜三太!何をしているんだ?」
「あ、七松先輩!」
「はにゃ?七松先輩?」


振り返った二人の後輩は、何も知らぬ顔でキョトンと自分を見上げている。
…憑かれてから間もないのだろうか?
不思議と、まだ、“コレ”の影響はでていないようだった。

スッと視線を黒い影に向ければ、じり、と少しばかり小平太から離れるように下がる影。
ならば、と小平太は塩を握り締め…


「ほれ!」
「うわぁ!!」
「はにゃ!?」


二人めがけて塩を軽く投げつけた。


「ぺっ!ぺっ!!な、七松先輩!?何するんですか!?」
「ああああ!なめくじさん達にかかちゃいますよ〜!」
「なははは!細かいことは気にするな!!ほっ!!」
「ぶっ!!」
「ふひゃあ!!」


ばしゃり、と次に水を振りかけた。
少量ではあったが、二人の頭から肩にかけてびっしょりと濡れてしまう。


塩で祓い、水で清める。


ぶーぶーと騒ぐ二人を後目に、再び黒い影に視線をやれば…



【………】



黒い影は、スッと二人から離れ、
学園の奥へと消えていく。

…学園の外にでず、奥へと消えたのは気になるが…まずは目の前の二人だった。


「お前ら大丈夫か?」
「次屋先輩!一体何なんですか?!」
「よかったぁ、なめくじさん達にかかってなかったよ〜。」
「お前ら…それどころじゃなかったんだぞ…。」


はぁ、と深い溜息を吐いたのは三之助で…。
最年少の二人はキョトンと三之助を見上げている。
そこに声をかけたのは小平太だった。


「金吾、喜三太。」
「はい!」
「はにゃ?」
「お前たち、何処か出かけてたのか?」


小平太の質問に、二人は一度顔を合わせたものの、「はい」と素直に答えた。


「学園長先生のお使いで、町まで出かけてました!」
「おまんじゅう買いに行ってたんです〜。」
「…その途中で戦場は通ったか?」
「いえ、通ってません。」


でも…、と金吾は言葉を濁す。
視線で続きを促せば…金吾はしっかりと小平太を見上げて答え始める。


「おつかいの途中で骸をみつけたんです。」
「落ち武者だったよね〜。」
「……落ち武者…。」


三之助が見えていた落ち武者の姿と合致する。

金吾と喜三太の話によれば、近くの戦場から逃れてきたものの…力尽きた武者だったのだろう。
二人は哀れに思ったのか、その亡骸を埋葬してやったらしい。

それが原因とみて、間違いないだろう。


「埋葬してやったのに、憑くとか……。」
「よくあることだ。優しくされたから、一緒にいてほしいとでも思ったんだろう。」


優しくされたから、ちゃんと丁寧に埋葬してくれたから。
と、それで成仏するなら良いものの…。
十人十色とでも言うように、霊にもさまざまなものがいる。

成仏せずに、寂しいから、優しくされたから、その人と一緒にいたい。
なら、その人を殺して、一緒に逝きたい。


“自分”と“同じ”になってほしい。


そう思うモノも少なからずいるということだ。

そこまで考えて、ふと、二人の腰にぶら下がっているものに気が付いた。


「お前たち、それはどうした?」
「あ、このお守りですか〜?」
「おつかいから帰ってきたとき、平太が僕たち二人にくれたんです。これを絶対身に着けててって。」


二人の腰についていたのは、藍色のお守りだった。
恐らく、一年ろ組の平太にもあの影が見えていたんだろう。
そして、友人を連れて逝かせない為に、勇気を振り絞って二人にお守りを持たせた。

…二人があれほどまでにケロッとしていたのは、憑いて間もないからではなく…。
このお守りのおかげだったか。

思わぬ一年生の勇気ある行動に、頬が緩む。




…そこで小平太は、二人の発言に背筋を凍らせることになるとは思わずに。




「あ、そうそう、そのお使いのときなんですけど…。」
「陽菜お姉さんも一緒だったんです〜!」
「……っ!!」
「今、食堂に行けば、おまんじゅう貰えると思いますよ!」


と、無邪気に笑う二人に…。
三之助は顔を真っ青にさせた。

お使いの時、陽菜も一緒に行った…ということは、陽菜も一緒にその亡骸を埋葬したのだろう。
なら、先ほどの霊が学園の奥に行った理由は…
しかも、陽菜は恐らく、平太のお守りを持っていない。



ヤバイ!!
と考えが至った瞬間。



すでに小平太の姿は消えていた。







地を蹴り、屋根を踏み越え。
自分の知りうる最短コースで食堂を目指す。


その頭の中には、すでに陽菜のことしかなかった。


ギリリ、と歯を食いしばる。
自分の考えが正しければ、おそらくはあの黒い影は陽菜の元へと向かったのだろう。
幼い二人を道連れにできないのなら…。
次に狙うのは、その場にいたもう一人、陽菜だけだ。



ダン!!



と大きな着地音に気を配る暇もなく。
小平太は転がり込むように食堂の台所へと入れば……

そこで見た光景に、更に血の気を引かせる。
小平太が見たものは…

黒い影を背負った陽菜が…



うつろな目で、己の首に包丁を押し当てている姿だった。



「―――…っ!!!」


考える間もなく、反射的に包丁を叩き落とす。
そのまま陽菜を抱きかかえて、黒い影から引き離す様に距離を取った。

ダン、と背中を打ちつけ息が詰まったが、今は構っている暇などない。

黒い影は、モノ欲しそうにこちらを見ながらユラユラと怪しげに揺れている。
小平太は、ぎゅう、と陽菜を抱きしめ…その影を睨み付けた。



「…お前にコレはやらん。」
【……】



小平太から、怒気が膨れ上がる。
それは殺気すらも纏い、目の前の黒い影を射殺さんばかりに。






「コレは、私のだ。」






ハッキリと言い切った

小平太のその“気”に圧されたのか、影は再び少し後ろへと下がる。
その瞬間だった。


「はい、大事な生徒に手を出さないでください〜…。」
「!」


黒い影の後ろに現れた黒い影。
それは…影堂先生だった。


「影堂先生…。」
「七松君、よく間に合いましたね〜…。お手柄です…。」


珍しく、ニコリと笑った影堂先生に小平太はほっと安堵の息を吐いた。

影堂先生が黒い影のど真ん中に手を突き刺すと…。
まるで吸い込まれるかのようにその握り拳の中に影が収まっていく。


「…この方には強制的に成仏していただきましょう……。……では…。」


ふふふ、と笑い声を残し、まるで日陰に溶けるかのように影堂先生はこの場を後にした。

残ったのは、地べたに座り込む小平太と、その腕に抱かれた陽菜の二人だけ。
気を失っているのか…陽菜は目を閉じたままだ。
その首元には、うっすらと見える赤い線。

包丁を叩き落とした際に、少しばかり切ってしまったのだろう。

少し眉根を寄せ、その赤い傷跡をなぞれば、痛かったのか「うぅん…」とうねる陽菜。
その姿に、陽菜が生きているのだと今さらながらに実感をする。



よかった
よかった
連れて逝かせなかった

…よかった



再び、ぎゅうと全身で抱きしめる。
その腕の中にある確かな温かさにホッと息を吐いた。















(んん…あれ?…え、小平太君?)
(…はは!寝坊助だな、陽菜!)
(え…あれ、私…一体……)
(台所覗いたら、陽菜があんまりにも気持ちよさそうに寝てたからな!)
(……。)
(どうした?)
(…なんだか、とっても怖い夢を見たような気が…。)
(…そうなのか?)
(うん…。でも…)
(ん?)
(…小平太君の、声が聞こえて…。)
(私の?)
(うん…それで…すごく、安心して…怖く、なくなって…)
(……そうか!)
(ん……。…ん?…って、きゃああ!!ごごごごめんなさい!!こんな体制!!)
(なはは!まだこのままでいてくれ!頑張った私へのご褒美だ!)
(一体何の事ですか!!?)






影 END




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