第1話:化物と呼ばれた少年
少年の目の前で詠唱をしているのは、同じ学園の生徒。呪文の種類からいって、上位魔法だ。
避ける必要はない。それよりも早く、正確に、それ以上の魔法を叩き込めばいいだけなのだから。
「“水よ、流れろ”」
小さく呟いた声に呼応するように、指先から現れてうねるように向かう水。それを、冷たい目で幼い少年は見た。
使った魔法自体は、強いものではない。だから、詠唱時間も短い。
それでも、それは向かってくる魔法を打ち消し、更には相手へと向かう。
普通に考えるならば、下位魔法よりも高位魔法の方が威力は高いに決まっている。だが、少年がやってみせたことは、紛れもない事実だ。
何故なのか? それは、魔力の強さの問題だった。言ってしまえば簡単な、それでいて魔法を使う者にとっては信じられない、戦慄を覚えるような事実。
上位魔法を、それより数段も威力の低い下位魔法で破ってしまうほどに、半端ではない少年の魔力。それは、たった6歳という幼い少年には、あまりに不釣り合いだった。
――それこそ、化物と呼ぶに相応しいほどの力だ。
「アレンの、勝ち」
歴然とした差に息を飲みながらも、数秒遅れで審判が下る。
周囲では様々な言葉が、小声で飛び交っていた。どれも、少年――アレンにとって好ましいものではない。そんなことは、内容を耳にせずとも分かっていた。
彼らから、遠巻きに向けられる多くの視線を受けながら、アレンは俯く。
否、アレンは常に俯いていた。誰の目も見なくていいように。誰の表情も知らなくていいように。
――自分に向けられるものに、気付かなくていいように。
「ホント、化物染みてるよ」
一際大きく聞こえた声、それは対戦者のものだったのだろう。
はっきりと耳に入れてしまったアレンの肩が、大きく震える。
(魔法なんて、使いたくない。使いたくないのに、使わざるを得ない。なんて、皮肉なんだろうか)
俯けば、少し長めの両サイドの銀髪が、幼い少年の表情を隠す。
後ろの髪は、耳より少し長い程度に緩やかに切りそろえられているというのに、そのもみあげ部分だけはそれよりも長い。 それは、こうして視界を覆うことが出来るからだ。だから、敢えて少年はそうしている。
顔を覗き込めば見えるだろうアイスブルーの瞳に映るのは、他人に対する“怯え”だ。
これは、学園の授業の一つ、魔法での戦闘の演習だった。
義務のような、授業での一度の対戦を終えたので、アレンは部屋の端の方へと向かう。なるべく、人の視界に入らなくて済むように、人を視界に入れずに済むように。
その場にいる他にも多くの生徒、彼らの瞳に映るのも何かなど分かっているから。
それは、恐れと侮蔑だ。それ以外に、何もない。