短冊に託す願い
一昨年は、海に隣接した広い公園へ天の川を見に行った。昨年は、七夕限定スイーツを食べに行った。
でも、三回目ともなると慣れるもので。
「そういえば、今日って七夕だっけ?」
思い出したかのように、空は言った。
視線の先は、スーパーマーケットの前に置いてある笹の木。風が吹く度に、そこにかけられた短冊が揺れていた。
「うん、そう」
右手には夕食の材料が入ったスーパーの袋、左手には空の手。
立ち止まった空に引っ張られる形で、私は足を止める。
「いっぱい、下がってるね」
彩りの短冊には、同じように多彩な願いが書かれていた。
“サッカー選手になりたい”
“いいことがありますように”
“テストで100点取れますように”
子供特有の整っていない字だったり、何を書いてあるのか分からなかったり、本当に色々だけど、どれも輝いているように見えた。
「これ」
「え?」
唐突に、空が指を差す。
私は小首を傾げながら、その先で風に揺れる短冊を見た。
“息子夫婦が結婚するので、幸せになりますように”
そこには、まるで一文字一文字に願いを込めるかのように、丁寧に書かれた文字。
(……ああ)
明らかに子供の書いたものではない短冊に、私達は小さく笑った。
「すごくほのぼのした願いだね」
「うん」
「大人も書いて行くんだね」
「そうみたい」
子供じゃない。もう短冊に願いをかけることなんて、意味のないことくらい分かっている。
でも、温かくて、幸せそうで。書いた人の優しさが伝わって来るかのようだ。
そこには、子供のものとはまた違う輝きがあった。人の為に願う願いは、どうしてこんなにも温かい気持ちになるのだろう。
「ママ、あれ書きたーい!」
唐突に響いた子供の声が、私の意識を引き戻す。
「はいはい」
私達の横で、母親の隣で、小さな子供が願いを書いていた。
何を書くのかは分からないけれど、その瞳はきらきらと輝いていた。とても楽しそうな笑顔。
きっと、どの子もこんな風に書いていったんだろうなと思う。
それに、思わず空と顔を見合わせて、小さく笑った。
「折角だし、俺達も書こっか」
「そうだね」
ずしりと重いスーパーの袋を、下に置く。夕飯に使うお肉が入っているけれど、少しの時間くらいなら大丈夫だろう。
短冊とペンを取り、何を書こうか、思案を巡らす。
*
「何書いたの?」
笹の木に短冊を下げた空が、先に終わっていた私の方へと戻ってくる。
「秘密」
悪戯っぽく笑って、問いには答えない。
代わりに、空の手を握って歩き出す。
最後に一度だけ、笹の木を振り返った。
沢山の願いの欠片が、静かに揺れていた。それが、それだけでとても幸せそうに見えた。
――その中で、私の短冊だけは白紙。願いは書かなかったから。
だって、何もない。今のままで充分幸せだから。
そして、来年も、再来年も、そのずっとずっと先も、このままでいられるということに疑いはないのだから。
(願うことなんて、ないんだよね)
私は、空の隣で小さく笑う。
そして、繋いだ手を一度だけ強く握り締めた。
END
2010.7.10
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