しあわせの方程式 | ナノ

 夢の中でも君に会えたらいいね


「あ! 空ってば!」
 ベッドの上に寝転んで、しかもしっかり毛布にまでくるまっている空を見つけ、声を上げる。
 空を包むのは、花柄の毛布。枕やマットレスカバーとお揃いのそれは、私のお気に入り。
 つまり、いつの間にか空は私のベッドの上で勝手に寝始めて……いや、もう殆ど寝ているのだ。

「うー……ねむーなの……」
 目を開く意思など皆無のようで、それだけ言うと、空は再び寝息を立て始めた。
(ちょ! 何しにこいつはうちに来たの!?)
 予定が合ったので、空が私の家へ遊びにきていた所だった。つまりは、おうちでのんびりデート。
 確か、これから借りてきた映画を一緒に観る事になっていた筈だ。しかも、観ると言い出したのは空。それは私の記憶違いではない筈。
 それなのに、寝てしまうなんて。
「空ってばー!」
「うー」
 軽く揺すってみるが、効果はないに等しい。僅かに唸り声を上げただけだ。
 毛布から少しだけ見えた顔は、むずかるような表情を見せる。
 一瞬、私はそれにたじろぐ。まるで幼い子供を苛めているような気分になったからだ。
 起こすのは可哀想な気がする。それは私も思う。
 でも、いつも一緒にいられるわけではない。せっかく一緒にいられる日なのだ。せっかく空がうちに遊びに来たのだ。だったら、一緒に何かしていたいと思うのはやはり当然な筈。
 別々の事をするにしても、眠るのは論外ではないだろうか。完璧に私の事を意識の外に追いやるのは、流石に酷い。

「そーらー」
 そうして、しばらく空に声をかけ続けていると、流石に煩くなったのか、空は大きく動いた。
 起き上がるのかと思い、私は顔を近付けてその動向を窺う。
「ちょっ!?」
 しかし、その瞬間、腕を強く引かれた。寝ぼけているとは思えない強さで。
 それとも、寝ぼけているからこそ、加減されていない強さなのだろうか。
 抗い切れなかった私は、そのまま倒れ込む。上手い具合にというか、毛布の中へ滑り込むように。
 実はちゃんと意識があるんじゃないだろうか。そんな疑惑が頭を掠める。
「一緒に……唯も……寝るといーよー……」
 しかし、空はそう言って、再びむにゃむにゃと吐息を漏らし出した。 掴んでいた手が放されたと思ったら、今度は抱き締められる。背中の後ろで、その手は堅く組まれた。
「空!」
 なんとか脱け出そうと試みる。もぞもぞと体を動かしてみたりする。
 でも、殆ど効果はなく、身動きらしい身動きなんて取れない。
「空ってば!」
 空からの返事はない。私を抱き締めていることで安心したのか、規則正しい寝息を立てている。
 あどけない寝顔。私にだけ見せる、無防備な表情だ。
 身動きが取れない私の掌は、空の左胸辺りにある。
 そこから伝わってくる、心臓の脈打つ音。とくん、とくん、と規則的なそれは、とても優しい感じがした。
 伝わってくるのは音だけではない。空の温もりも、だ。私よりも高い体温。だから尚更、その温もりを強く感じる。
 抱き締められて、全身で空の存在を感じる。

「あーもう! ちょっとだけだからね!? 一時間寝たら起きるんだからね? 分かってる?」
 抗う気力がなくなってくる。
 脱け出すことを諦めて、そう空に言うけど、空はもう夢の中。
 一応、あーだとかうーだとか言っているけど、耳になんて届いていないのだろう。
 昼間から眠るだなんて、自堕落な生活な気がするけど。
(まぁ、こんな日があってもいっか)
 全身から力を抜き抜き、完全に抗うことを放棄する。
 だって、あったかくて、心地いい。それは否定出来ないのだから。
 空の腕の中は、不思議なくらい安心出来る。まるで揺りかごの中にいるかのように、ただ心地いい。
 私を抱きしめる腕が、私を大事に包んでいるようからだろうか。
 温もりが心地よくて、空の腕の中にいるのが幸せで、段々と瞼が重くなってくる。

(おやすみ、空)
 時折寝言を呟くかのように動く唇に、自分のそれを寄せる。
 空の温もりを感じながら、私もそっと瞳を閉じた。






END

2010.3.19


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