星に願いを



 夜を凝縮させたような濃い空で満天に輝く星々の下、その女はいつも詠っていた。
 夜明けの色にも似た薄い藍色のローブを纏い、まるで星雨のような銀髪を靡かせる。
 その桜色の唇が紡ぐのは、平和への願い歌。まるで星に願うかのように、星が綺麗な夜には小さな広場で歌うのだ。
 夜の闇に響き渡るのは、透き通った切ない声。それでも、その声には強さと意志が灯っていた。
 囁きのようで、叫びのような歌。切なる願いを、そのまま形にしたかのような歌。

 こっそりと城を抜け出し、ここにこうして彼女を見に来たのも幾度目だろうか。
 王子という身分の自分は、自由になる時間も独りになれる時間も少ない。この時間だけは、自分の身分を忘れて、ひっそりと思うままに過ごすことができた。
 彼女は、彼女の歌は、その貴重な一時を費やしたいと思うものだった。


 歓声と拍手が、清閑とした夜に響き渡る。
 ひとしきり、声援を受けた彼女は、静かにその場をあとにした。
 吟遊詩人の女、ティアナ。街から街を歩いていたらしいが、どうやらこの街を気に入ったらしくしばらく居着いていた。





 思えば俺は、いつも世界に絶望していた。
 生まれた時から王宮という、欲望と陰謀とが蔓延る中で生きてきた俺は、人の汚い側面ばかりを見てきた。
 騙し、裏切られ、そうした中で、諦めることも、逆に自分が騙すことも覚えた。

 人とは偽る生き物で、自分の欲望に忠実な生き物で、だから世界は争いが絶えない。
 それが常で、当たり前の世界だった。
 ある国の戦争が終われば、また別の国が戦争をしている。
 宗教、物資、領土、報復ーー理由などいくらでもある。
 そんな人間達が争いを辞めることなどありはしない。
 自分が王位を継いだとしても、如何に臣下や民を御するか、他国に付け入る隙を与えず、戦になった場合は、どれだけ損害なく終わらせられるか、だと思っていた。
 争いをなくそうなど、真の平和などありはしないと思っていた。

 だから、初めて、彼女の歌を聞いた時、酷く心を揺さぶられた。
 その小さな唇が紡ぐ、途方もない願い。彼女とて戦を知らぬわけではないだろうに。
(どうしてそんな風に生きられるのだろう)
 どうして恨みもせず、絶望せず、諦めもせず、希望をもって、強く前を向いていられるのだろう?
 彼女は、俺に眩しかった。
 どうしようもなく、その姿に憧れた。
 彼女の見ている世界は、自分とは違うものなのだろうか?
 彼女が何を見て、何を考え、何を思うのか。知りたくなった。



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