「あ……アンタは……!」
 町外れの濃い闇の中、佇む彼女を見つけて、思わず声をかけてしまった。
 唐突な俺の声に、彼女が息を飲む。息遣いまで聞こえてくるほど、辺りは静寂で包まれていた。
 まるで全てが眠りに就いてしまったかのような、世界には自分と彼女ただ二人だけのような、そんな錯覚すらしそうだった。
「……わ、悪い、突然。いつも広場で歌っているのを見ていたから」
 唐突に、思わず声をかけてしまったことに、気まず気に視線を逸らす。
 驚かしたことを謝罪しつつ、どうして声をかけてしまったのか、自分でも戸惑う。
 ここへは、誰にも内緒で王子という姿を偽ってきている。本当ならば、あまり目立つことをすべきではない。
 頭では分かってはいるのだが、その後ろ姿を見つけ、彼女と二人きりになることなど、もうないかも知れないと思ったら、思わず声をかけてしまった。

「そう」
 しかし、彼女は気を悪くした様子はなく、ただ小さく頷いた。
 はじめてその姿を見たのがいつか、覚えていない。それほど昔からいつも見ていた。
 今では彼女を見るために、城を抜け出すようになった。
 その美しくも途方のない願いに、胸を締め付けられる。

「貴方は、どう思ったの?」
 銀色の瞳を真っ直ぐに向けて、こちらを窺うよう女。
 その瞳に見つめられていることに耐えられなくなった俺は、僅かに視線を逸らす。
 耐えられなかった。彼女の真っ直ぐさ。それを望むことのできない俺には、あまりに痛かった。
「途方もない願いだと」
 それは、王子であるが故に強く思う。理想と現実の差。途方もない願い。
 願わない訳ではない。理想だということもわかっている。ただ、それでも、現実はとてつもなく遠いのだ。その理想を、口にできないほど。
 反射的にそう口にしてから考えた、女は怒るだろうか。
 ――いや、きっと怒らない。あの声は、あの歌は、それを知るものだ。
 まるで遥か彼方の星に願うかのような、そんな歌なのだ。だから、惹かれた。


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