血塗れの女王




 蝋燭に灯る炎が揺れるたびに、薄明かりと闇とが揺らめく。
 小窓一つないここでの唯一の明かりがそれだけではやはり足りないが、ここは罪人を閉じ込めておく牢屋なのだから仕方がない。
 辺りに充満する、じとっと湿り気を帯びた空気。その不快感に眉を寄せながら、薄暗い牢の中へ視線を向ける。
 そこにいるのは、漆黒のドレスを纏った女。夜の闇よりも深いそれは、お伽噺に出てくる魔女を連想させる。
 本来ならば意匠を凝らした数多の装飾がされていたのだろうが、宝石は剥がれ落ち、レースも散り散りに破け、あちこちが擦りきれていた。唯一救いなのは、黒という色が幸いして、汚れがそれほど気にならない事だろうか。
 ドレスだけではない。かつては眩いばかりの輝きを放ち、彼女の存在感を示していた黄金の髪も、今はもう見る影もない。そのやつれた姿からは、かつての美貌も賞賛も思い出す事は出来ない。

「血塗れの、女王」
 無意識のうちに呟きが零れる。
 嫌悪の滲むそれに、彼女はゆっくりと顔を上げ、こちらへ視線を向けた。
 ――第28代国王ガーデニア女王。
 リュシウォンの虐殺と呼ばれる、都市一つを焼け野が原にした出来事は、記憶に新しい。重税、規制など、その暴君ぶりは挙げたら切りがない。
 王という地位とて、父を殺して得たものだという。自らの王という絶対的な地位を確立するために、春のように温かで愛らしい妹姫さえも殺した。彼女の命令で、どれほどの犠牲を出したことだろう。
 残虐を繰り返した血塗れの女王、まさにそれ以外の何者でもない。
 故に、我慢の限界にきた民衆が反乱を起こし、彼女を捉えた。彼女はあと数十分後に死刑になる。彼女がリュシウォンを焼いたように、火炙りという残酷な方法で。
 そして、同時に王制も廃止になり、民衆が国の行方を決めることになる。もう誰も、王という存在に縛られることなく、自分達の思う通りに国を動かしていけるのだ。
「血塗れの女王、か。もう、誰もがそう呼ぶな」
 鼻を鳴らすような苦笑と共に漏らされた、悲哀と自嘲が滲む声。
「あ、当たり前だ。お前は、それだけのことをしてきたじゃないか!」
 何処か投げやりなそれに、俺は反射的に声を荒らげる。
 この女は、自分が何をしてきたか、分かっていないのだろうか。多くの犠牲の上に立ち、国や民を疲弊させた。その責任を感じていないのだろうか。その事実の重みを、何も感じないのだろうか。この女の所為で。全ては、この女の所為だというのに、それを遠い昔のことのように呟くなど。
 俺の言葉に、血塗れの女王は僅かに瞠目し、――それから、その表情は諦めたようなものへと変わった。
「そうだな、(わらわ)がしたのだ。妾が命令を下した」
 思い返すかのように、自分がしたことを確認するかのように呟いた声は、冷たく、まるで感情など存在しないかのように無機質である。
 まるで薄氷に触れたような感覚に陥り、俺は固まった。

「だが」
 しかし、ふっとその瞳に宿る苦悶。
 それは、残虐の限りを尽くした人間のものではない。
 その差に、俺は血塗れの女王から視線を逸らせなくなる。
「看守か。貴様でいい。聞け」
「な」
 まるで未だに支配者だと勘違いしているかのように横暴な言葉、それに反発を覚えるが、俺はそれ以上声を上げることは出来なかった。
 何故なら、その瞳の色が、緩やかに変わっていくのを目にしたから。
 虚空のように色を失くしたがらんどうな瞳が、何処か深い色を放ち始める。蒼海の底のように深い色をしているにも関わらず、透き通るように澄んだ瞳。
 俺は、血濡れの女王から背を向けることが出来なくなる。立場はこちらの方が上だと言うのに、その言葉に背けなくなる。


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