死にたがりのきみ




「きみ、死ぬのはいつだってできるだろう?」
 煌びやかに飾り立てられた部屋の中、彼女は唇の端をつりあげてそう言った。
 誰よりも尊ばれる筈の、誰よりも愛される筈の――王位継承権第一の王女が。
 誰が想像できるだろう。彼女の胸のうちに秘められた、その想いを。
 少なくとも男は、彼女はただ幸せだと思っていた。

 彼女は、死ぬのはいつだって出来る。だから、今は死なないのだ。ただ、それだけ。






 重厚な扉の前に立ち、男――クラウドは、小さく一息吐いた。
 これから自分の生徒になる女性は、ただの女性ではない。貴族ですら、肩を並べることの出来ない存在なのだ。緊張もする。
 すぅっと息を吸い込み、訪問を知らせるべく、控えめに扉を叩いた。

「どうぞお入りになって」
 扉の外まで聞こえる、凛とした涼やかな声。
 クラウドは、導かれるようにゆっくりと扉を開けた。
「貴方が、新しい家庭教師かしら?」
 鈴を転がしたような可憐な声に、視線を上げる。
 出迎えたのは、気品の漂う笑みを浮かべる女性。少女というには大人びていて、女性と言うには些か幼い。
 ほっそりとした身を包む水色のドレスは、幾重にもレースが施されていた。腰ほどもある柔らかな亜麻色の髪には、大きな花の髪飾りが付いていた。そんなドレスにも髪飾りにも負けぬ、華やかで美しい顔。
 爪の先まで、艶やかに手入れのゆき届いた出で立ち。

「はい、セラフィーネ・マリアンヌ・オデット王女殿下。貴方様の新しい家庭教師として雇われました、クラウドと申します」
「随分若いのね」
 王女――セラフィーネは、小さく笑い、呟くように言った。
 それは同時にクラウドもセラフィーネに対して思ったことだ。
 女神のように美しくたおやかな王女、様々な知識に精通しており専門家と議論を交わせるほどの才女、などなど様々な噂があった。その噂を聞いているともう少し年齢を上に感じていたが、なるほど確かに18歳のうら若き乙女であった。
 同時に彼女はあまりに頭脳過ぎて、知識に溢れ過ぎており、家庭教師は次々と辞めていくと聞いていた。教えることがなくなるのだ。家庭教師としての存在意義がなくなるのだ。それは仕方のないことかも知れない。
 それは前もって聞いていた。それでもなお、王女の家庭教師を、と頼まれたのだ。
 王女に家庭教師などいらないのだろう。何故に自分のような者が呼ばれたのか、クラウドは分からなかった。
 それでも、頼まれてしまえば嫌とは言えない。クラウドは頷き、結果ここにいる。
「至らぬ点は多々あるかと思いますが、どうぞよろしくお願い致します」
「こちらこそ、よろしく頼みます。クラウド」
 そう言って、セラフィーネは花のように柔らかく微笑んだ。
 そうして、クラウドはセラフィーネの家庭教師となった。


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