セラフィーネは、完璧な淑女であった。
 いついかなる時も慌てず、嫌な顔をせず、笑顔を絶やさない。
 その上、勤勉で、要領良く、教えたことは一度で覚える。そして、恐ろしいほど、様々な知識を持っていた。
 クラウドはすぐに教えることがないということに気付いた。歴史も、文学も、帝王学も、礼儀作法も……何もかも、彼女は完璧にこなすのだ。家庭教師泣かせとはまさにこのことだ。
「申し訳ございません、セラフィーネ様」
「クラウド先生? 何故謝るのですか?」
「私は……貴方に教師として何も教えられていないと思いまして」
「そんなことありませんわ。わたくし、先生の授業を楽しみにしていますのよ? 先生はお若いのに今までのどの家庭教師よりも、詳しいわ」
 クラウドがすまなそうに謝罪すると、花が咲くような笑みで、セラフィーネは笑った。
 10も年下の娘に気遣われるなど、とクラウドは苦笑しそうになった。しかし、流石は王女なのだ。生まれながらに、人の上に立つ存在。それがどのようなものなのか、傍にいてようやく分かったような気がする。

「そうですわ。たまには先生のことをお話して下さいませんか?」
 少女のように無邪気な笑みを浮かべられ、クラウドはきょとんと目を丸くした。
「私のことですか?」
「ええ。なんでも良いのです」
 クラウドは、王女に話すような特別で面白いことなど、とりたてるようなものは持ち合わせてはいなかった。さして興味を惹けるような話はできないだろう。
 それでも、セラフィーネにそう言われてしまえば仕方がない。それを決めるのは、セラフィーネなのだから。
 クラウドは、困惑しながらもゆっくりと話し始めた。
「うーん、私はとりたてて話すことも特にないのですが……そうですね、私の妹が一人いて、それがちょうどセラフィーネ様と同じくらいですね」
「妹?」
「はい。妹は兄離れができていなくて。セラフィーネ様とは大違いでお転婆で落ち着きがなくて。いつだか女性と話している所を見られた時などは、もう子猫が毛を逆立てて怒るように怒っていましたよ。『兄さんはすぐにだまされるんだから気を付けなきゃ!』ってね」
 騒がしいが可愛い妹だった。
 クラウドは結婚するとなると、きっと妻になる女性はあの妹に苦労させられるのだろうとは思うが、憎めない。
「昔から仲のいい兄妹で、まぁ私が頼りないこともあるのでしょうが私の心配ばかりしています」
 今とて、王女の家庭教師をすることに関しても色々と言われている。相手が女性だということも気に入らないのだろう。とても身分違いでどうともなる相手ではないのだが、あの妹にとってはそういう問題ではないらしい。
 あれこれ思い出し、セラフィーネの前だということを忘れ、笑いが零れ落ちた。
「羨ましいです」
 ぽつりと呟くような声が、部屋には響き渡った。
 そのなんとも寂しげな声に、我に返ったクラウドはセラフィーネを見つめた。
すると、いつもの笑顔がそこにはなく、セラフィーネはただ何も感じないような表情で、瞳は何処か遠くを見つめていた。
「セ、ラフィーネ、様?」
 それは、セラフィーネの初めてみた笑顔以外の表情だった。
 何が彼女をそうさせたのか、どうしたのか、クラウドは訳が分からず困惑した。
「なんでもありません」
 だが、それもほんの一瞬のことで、次の瞬間にはいつものたおやかな笑みを浮かべていた。
 何事もなかったかのようなセラフィーネに、クラウドは何も聞けなくなってしまった。


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