世界の中心
――叶うことならば、貴方以外の全ての人間を、殺してしまってもいいですか?
「ただいまー」
玄関からドアを開ける音が聞こえる。
ごそごそという物音、そして足音と共に、部屋へ入ってきたのは彼だ。
振り返る私に、彼は破顔する。
「おかえり、楽しかった? 先に、お風呂入っていらっしゃい」
食事は要らない筈だ。飲み会だったのだから。
バスタオルと着替えを渡して、お風呂へ行くように促す。
「んー」
けけど、受け取りつつも、彼は直ぐには向かわない。
不思議に思い、一旦離れた彼へ再び近付く。
「何? どうし……」
疑問の言葉を最後まで紡ぐことは出来なかった。
何故なら、唇を塞がれたから。……勿論、彼の唇で。
引き寄せられ、抱き締められる。ふわりと軽く動く体が、自分のものではないようだ。
匂うのは、お酒の匂いと煙草。それらに、いつも感じる彼の匂いは消されていた。
けけど、その温もりは心地良い。温かくて、安心できる。私だけの居場所。
「もう、お風呂行っておいでって言ったでしょう?」
照れ隠しに、わざと拗ねたような口調になる。
溜め息を漏らしながら、私は彼を見た。
「うん。ごめん、煙草臭い……よね?」
「いいわ、貴方ほど気にしないもの」
まるで子犬が項垂れるかのようにしゅんとする彼に、私は小さく笑う。
煙草の匂いは確かに快い訳ではないけれど、抱き締められているのは素直に心地良いと思う。
(……寂しかったんでしょうね)
彼の心境を考えると、思わず笑ってしまいそうになる。
彼は、私の部屋に入り浸りな状態だ。一人でいることが嫌いで、私と一緒にいれないことは悲しくて。だから、殆ど毎日ここへ来る。一日でも来ない時は、間違いなくメールが来る。
寂しがり屋で可愛い人。今日だって飲み会の帰りなのに、わざわざ自分の家じゃなくて私の家に来るなんて。明日になれば会えるのに。
飲み会に関してだってそうだ。私と一緒にいたくて、私がいなきゃ嫌だって、最後まで駄々を捏ねていた。何においても、私がいなきゃ、私にいて欲しい、と。
――本当に、可愛い人。私がいなければ、何も出来ない。私がいなければ、駄目な人。