お風呂へ行く彼の背を見送って、何をしようかと思案する。
 テーブルの上をもう少し片しておこうか。そう思い、テーブルの上にあった彼の携帯へ手を掛けようとした時だった。
 ――彼の携帯が、メールの受信音を響かせた。
「あ」
 見るつもりはなかった。
 だけど、不可抗力。携帯のサブディスプレイに表示された文字が視界に入る。
(誰かしら? 私の知らない女の名前ね)
 それに、一瞬固まってしまった。
 けれど、どうせ今日の飲み会で一緒だった人だ。今日はお疲れさま、とかそんな内容のメールだろう。
 浮気なんて、彼がする訳がない。だからその帰結は当然のものであり、疑う必要もなかった。
 そんな事を、心配している訳ではない。だって、彼が私以外の女を好きになる訳がない。こんなにも私に依存している彼が、私から離れられる訳がないのだから。
 ――再び部屋に響く、メールの受信音。
 サブディスプレイに表示された送信者の名前は、同じ学部の人のものだ。たまに彼と話すこともあるから、何となく顔くらいは思い浮かぶ。
(ふぅん)
 なのに、この胸にある違和感はなんだろう。言葉に出来ないような、もやついた感情。
(楽しかった、のよね、きっと)
 帰って来た時の彼の顔を見れば分かる。すこぶる機嫌が良かった。
 まるで、胸に小さな棘が刺さったような感覚がする。それがどうやっても消えない。
 胸が痛いのだと理解するまでに、随分時間を要した。
(……どうして?)
 どうして、こんなにも胸が痛くなるのだろう。
 浮気の心配など、微塵もしていないのに。そもそも、二通目は男からのメールだ。

 機嫌が良さそうな彼の顔を、思い出す。
 私がいない飲み会。私が、彼を知らない瞬間。
 私ではない人の隣で笑う彼が、頭に思い浮かぶ。
 楽しそうで、だけどその隣に私はいない。私は、その瞬間を知らない。
(仲間外れにされたような気分なの? もしかして)
 彼の友達に? 恋愛対象になんてならないと分かり切っている相手に?
 いや、違う筈だ。今日だって、私も彼に誘われていた。ならば、そういう訳ではない。
 誘われていたが、行かなかった。ただ、それだけだ。
 大して話をしたことがなかったメンバーだから気を使ったという理由もあるが、それだけではない。話をしたことがない人間同士は、私以外にもいたからだ。
 興味がなかったのだ。その飲み会に、その飲み会へ来る人間に。彼以外の人間に。
(……ああ、私は彼だけがいればいいからだわ)
 そう、ぽつんと沸き上がってきた自分の声に、すんなりと納得してしまう。
 彼以外の人間と、別に話したいと思わなかったし、一緒に飲みたいとも思わなかった。交流を持ちたいと思わないのだ。
 同時に、唐突に気付いてしまう。私には彼以外の人間など必要ないのだと。彼さえいれば、何も要らないのだと。そして、彼にもそうであって欲しいのだと。
 だけど、彼はそうじゃない。他にも大切な存在がいる。もっともっと、と自分の世界を広げようとする。
 それが、寂しいのだ。寂しくて、悲しいのだ。

 掌の中にある、携帯を握りしめる。ぎり、と小さな音が響いた。
(ねぇ、いつからそんな風になったの?)
 貴方は、私だけを求めていた筈なのに。私が欲しいが為に、他の友人を切り捨てたようなものなのに。
 そんな風に私へ依存する彼を、私が諭したしたことは一度や二度ではない。
 危険過ぎるでしょう、世界にただ一人だけいればそれ以外の人間など要らない、だなんて。
 もし、そのただ一人がいなくなったらどうするというの? 世界はこんなにも沢山の人がいるのに。他の人間には無関心で、二人だけの世界を生きるの? そんなに狭い世界を生きるの?
 ――危険過ぎる、そんな依存状態なんて。
(なのに、私がそうなるなんて……)
 思わず小さく漏らした声が、彼のいない部屋にはよく響いた。


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