夕焼け空の下で、君をみていた
夕焼け色に染まる教室は、人気がなく、まるで時の流れを感じさせないかのように静かだった。
窓の外のグラウンドから聞こえてくるボールの弾む音だけが、時の経過を示す。
眩しいくらいの外と内との狭間、窓辺に私は佇んでいた。
窓の外では、燃えるように真っ赤な空の下、一人、バスケットボールを弾ませる少年。
その掌から投げられるボールは、放物線を描き、バスケットゴールに入る。その繰り返しだ。単調で単純、それでも彼は飽きることなく繰り返し続ける。
自分の卒業式の日にまで、と思うけど、きっと彼にそういうことは関係ないのだ。今日も日が沈むまで、そうしているのだろう。
もうどれくらいになるのだろうか。こうして彼をこっそり見つめるようになって。
――私は、二人を隔てる硝子にそっと触れ、記憶を辿る。
初めて彼を見つけたのは、やはり今日と同じような時間、同じように一人で練習をしているところ。
一年くらい前の、この中学校に入学してしばらくしての頃のことだ。
心臓が弱く体の弱い私は、普通の子たちと同じように遊ぶことができず、友人なんてできる筈もなくて。でも、親を心配させるのが嫌で、すぐに家に帰ることなくやることもないのに学校に残っていた。
その時に、彼の姿を見つけた。
燃えるように赤い夕日の下、ただ真剣で、それでも楽しそうな表情で練習をしている彼の姿を。
私は、まるで魂を奪われたかのように、目が離せなくなった。その表情に、その姿に、魅せられた。
まっすぐにゴールを見つめるその瞳は、あまりに真剣で。それでも、シュートをした後は、それとは打って変わり、無邪気な笑顔で嬉しそうに笑って。一人でボールを弾ませて走り回る姿は、とても生き生きとしていて。その黒瞳は、まるで宝石のような輝きをもっていた。
全てが、眩しかった。全てが、私にないもので。
憧憬と羨望。色んな感情が、胸の中で渦巻いた。
もし、私が元気だったら。心臓が弱くなかったら、あんな風に何かに真剣になれたのだろうか。あんな風に、自分のしたいことをできたのだろうか。羨ましくてたまらなかった。
夢中になってバスケをするその彼の姿が、目に焼き付いて離れなかった。忘れられなくなった。その姿をもう一度見たいと願い、幾度も教室に残った。
そうして私は、彼がバスケットボール部に所属しており、練習のない日や早く終わる日に、そうして一人で練習しているのだということを知った。
それから、今日までこうしてただひっそりと見つめ続けてきた。
話しかけたことはない。話しかけられる筈がない。
私には眩しくて。あまりに眩しすぎて。
別世界の人のようだった。いや、事実そうなのだろうと思う。
私と彼は全然違う。心臓の弱い私には、彼と違って動き回ることなんてできない。バスケはおろか、体育の授業だって一度としてまともに受けたことはないほどだ。
私にできるのは、いつだって、みんなが楽しそうに運動しているのを見ているだけ。
もう、慣れたけど。私は心臓が弱くて、体が弱くて……仕方のないことだから。
だから、私はいつだって遠く離れて、ただそれを見つめることしかできない。
今日という日に、彼が卒業していくことを知っていても。
(……私は、変わらない。私には声をかける勇気なんて、ない)